第32話:冒涜と執念の華
「ハァッ……、シッ!」
刃を交える鋭い金属音と、肉を打つ鈍い音が、崩落した洞窟出口の広場に響き渡っていた。
ショウトは『漆黒の剣』を巧みに操り、襲い来る襲撃者たちの武器を次々と弾き落としては、強烈な打撃を急所に叩き込んでいく。
剣の柄で顎を打ち抜き、回し蹴りで側頭部を刈り取る。
リリィから教わった戦闘技術は、確かにショウトの力となり、彼を助けることができていた。
「これで……十人ッ!」
背後のセレスを庇いながらの立ち回りは困難を極めたが、ショウトの無駄のない動きによって、黒装束の襲撃者たちは次々と地面に伏し、完全に意識を失っていった。
血の匂いはしない。致命傷は1つも与えていない。
(疲労はヤバいけど……これなら、いける……!)
残る敵は当初の半分以下。
ショウトが乱れた呼吸を整え、次なる敵を見据えようとした、まさにその時だった。
「……本当に、救いようのない甘さですね」
岩壁の縁から見下ろすアンナから、絶対零度のように冷たい声が響いた。
いつのまにか彼女の手に握られていた小さな黒い水晶球が、不吉な赤い脈動を始める。
ドクン、ドクンと、まるで不気味な心臓のように。
その赤い光が放たれた瞬間――広場の空気が、おぞましい異変に包まれた。
「……え?」
ショウトが背後に守っていたセレスが、信じられないものを見るように目を見開いた。
彼女の視線の先。
先ほどショウトが峰打ちで顎を砕き、完全に意識を刈り取ったはずの襲撃者の一人が、ピクン、と不自然に体を痙攣させたのだ。
「な……ッ!?」
立ち上がるはずがない。脳を揺らされ、まともに手足が動く状態ではないはずだ。
だが、その黒装束の男は、まるで見えない糸で無理やり引っ張り上げられた操り人形のように、ギググッ、と奇妙な音を立てて立ち上がった。
そして、その男の様子は、明らかに常軌を逸していた。
フードの奥から覗く両目は焦点が合わず、白目を剥いている。
だが、その皮膚の下……全身の血管が、内側からドス黒い赤色に発光し、異常な高熱を放ち始めていたのだ。
「オ……ォォォォォォ…………ッ」
意識のないはずの口から、獣のような、あるいは地獄の底から響くような呻き声が漏れる。
「なんだこいつ……内側から、異常な力が膨れ上がって……!」
ショウトが警戒して一歩後ずさった瞬間。
その発光する襲撃者は、持っていた武器すらも打ち捨てて、獣のような低い姿勢でショウトに向かって凄まじい速度で跳躍した。
「チィッ!」
ショウトは咄嗟に剣の腹で迎撃しようとした。
だが、男の狙いはショウトへの『攻撃』ではなかった。
「ガァァァァァァッ!!」
男はショウトからの攻撃を完全に無視し、自らの体に刃が食い込むのも構わず、両腕でショウトの胴体へと強引に組み付いたのだ。
「なっ……離れろッ!」
ショウトは男を力任せに引き剥がそうとした。
しかし、男の腕力は、人間の限界をとうに超えていた。
筋肉の繊維が引きちぎれる音を立てながらも、絶対に離すまいと万力のような力でショウトの身体にしがみついている。
そして、男の全身から放たれる赤い発光が、ピカッ、ピカッと限界を告げるように点滅を早めた。
(――魔力の、暴走……!? いや、違う! こいつ、まさか!)
その光の意味に気づいた瞬間、ショウトの背筋が総毛立った。
信じられない。信じたくない。だが、その膨れ上がるエネルギーの収束は、ショウトの感覚に『ある直観』を告げていた。
岩壁の縁で、アンナが冷静に唇を動かす。
「ジェード様の教えに従い、その命を至高の存在への手向けとなさい。――爆ぜろ」
その声が引き金となった。
「セレス、伏せろォォォォォォッ!!」
ショウトは絶叫しながら、しがみつく男ごと強引に背中を向け、セレスに爆風が届かないよう、自身の背中で壁を作った。
同時に、残された全ての魔力を『身体強化』に回して防御へと全開で注ぎ込む。
ショウトの防御が間に合った、直後――――
――――ドッッッガァァァァァァァァァンッ!!!!
意識を失っていたはずの襲撃者の肉体が、内包する力を暴発させ、凄まじい規模の『爆弾』となって破裂した。
巨大な火柱と爆風が広場を吹き荒れ、崩落した岩石の破片が散弾のように飛び散る。
至近距離――いや、完全に密着した状態での強烈な爆発。
「ガ、アァァァァァァァァッ……!!」
『身体強化』によって全力で防御を行っていたとはいえ、その衝撃と熱波は凄まじかった。
ショウトの衣服は一瞬にして消し飛び、分厚い魔力の膜を突き破った爆炎が、彼の身体を容赦なく焼き焦がす。
「ショウト様ッ!!」
セレスの悲鳴が爆音に掻き消される。
爆風によって、ショウトの身体はセレスの傍から数メートル先へと吹き飛ばされ、地面を無様に転がった。
「ガハッ……! ゲホッ……!!」
何度も地面に激突したショウトは、口から大量の血を吐き出しながら苦痛に顔を歪める。
全身から焼け焦げた嫌な匂いが立ち上り、あちこちの骨が軋むような激痛が走る。
あの一瞬、魔力を『身体強化』に回していなければ、間違いなく上半身が吹き飛んでいただろう。
「ああっ……ショウト様、血が……傷が……っ!」
無傷で守られたセレスが、血を吐くショウトに近付こうと、パニックを起こしたように泣き叫んだ。
「ハァ……ハァ……っ、俺は、大丈夫、だ……っ」
ショウトは震える腕で地面を突き、必死に上体を起こした。
朦朧とする意識の中で、彼は爆発の跡地――先ほどまで自分が男にしがみつかれていた場所を見た。
そこには、何も残っていなかった。ただ、黒く焦げた巨大なクレーターがあるだけだ。
「アンナ……お前……っ。自分の仲間を、爆弾にして……っ!」
ショウトは血塗れの口元を拭い、激しい怒りに目を血走らせてアンナを睨みつけた。
だが、アンナは冷ややかな顔のまま、まるで出来の悪い生徒を見るような目でショウトを見下ろしていた。
「仲間? 勘違いしないでください。彼らの肉体には、強大な『力』が注ぎ込まれています。彼らはジェード様のために命を捧げることこそが、至上の喜びなのです」
アンナは手にした黒い水晶球を軽く揺らした。
「私がこれで合図を送れば、彼らの命と、体内に注ぎ込まれた力が暴走し、先程の爆発を引き起こす。……ですが、完全に息絶えてしまえば肉体から力が霧散し、起爆することはできなくなる」
アンナは淡々とショウトに説明する。その残酷な言葉の意味を理解し、ショウトの心臓が冷たく凍りついた。
「人を殺す覚悟もなく、ただ気絶させて放置する。……貴方のその『不殺の甘さ』が、彼らを『爆弾』に変えたのです」
「な……っ」
「貴方の偽善が、貴方自身を窮地に追い込んだのですよ」
アンナのその宣告は、ショウトの平和な倫理観を、根本から無残に叩き割るものだった。
「……ア、アァ……ッ」
ショウトの周囲で、先ほど彼が気絶させたはずの襲撃者たちが、次々と不気味な痙攣を始め、立ち上がっていく。
その全員の血管が、自爆の兆候であるドス黒い赤色に発光していた。
「さあ。貴方のその甘い剣で、セレスティーネ王女殿下を最後まで守り切れるか……見せてもらいましょうか」
絶望の宣告と共に、全身を赤く発光させた襲撃者たちが、狂気の唸り声を上げながら、満身創痍のショウトへと一斉に襲いかかってきた。




