第30話:塞がれた希望
「――ふふ。本当に、生きて出口まで辿り着くなんて。大したものですね」
温かな風に混じって降ってきたその声は、つい数秒前まで私を包み込んでいた安堵と幸福を、一瞬にして氷点下へと凍りつかせた。
「……ッ!」
ショウト様は仰向けに倒れた状態からバネのように跳ね起き、私を庇うようにして背後に隠した。
私も弾かれたように身を起こし、声のした方向――洞窟の出口を囲む、すり鉢状になった岩肌の上へと視線を向ける。
眩しい太陽の光を背にして、一人の少女が見下ろすように立っていた。
「……アンナ」
私の口から、絶望と共にその名前がこぼれ落ちる。
私に『呪い子』としての偏見を持たず、王宮の離宮でただ一人、メイドでありながらも友人として優しく接してくれていた彼女。
そして昨日、王都の路地裏で私を裏切り、暗殺者たちを引き連れて私をこの洞窟へと転移させた襲撃者の1人。
そんな彼女は、メイド服ではなく動きやすさを重視した黒い戦闘用の装束に身を包んでいた。
かつて私に向けてくれていた温かい笑顔はどこにもない。そこにあるのは、任務を遂行するためだけの冷酷で無機質な瞳だ。
「まさか、ジェード様が仕込んだあの『ミノタウロス』を倒すだけでなく、ゴブリンの群れすらも突破してくるなんて。……全く、予定外の消耗をさせられましたよ」
「待ち伏せかよ……っ!」
ショウト様が、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
洞窟の外へと続くこのすり鉢状の広場は、一見すると解放された空間に見えたが、実は逃げ場のない完璧な『処刑場』だったのだ。
アンナがスッと軽く右手を挙げる。
それを合図に、周囲の岩陰や木々の隙間から、ぞろぞろと無数の人影が姿を現した。
目元までをすっぽりと隠す不気味な黒いローブを纏い、手に無骨な剣を持った者たち。
その数はざっと二十人以上。彼らの放つ空気は、路地裏で私たちを襲撃してきた者たちと似た異様な気配だった。
「せっかく外に出られたところ申し訳ありませんが、セレス様たちにはここで死んでもらいます」
アンナが冷たく言い放ち、指を鳴らした瞬間。
――ドドドドドォォォォォォンッ!!
私の背後で、鼓膜を破るような凄まじい爆発音が轟いた。
「きゃあっ!?」
「セレス、伏せろ!」
ショウト様が私に覆い被さるようにして、爆風と飛び散る岩の破片から身を挺して守ってくれる。
もうもうと立ち込める土煙が辺り一面に舞い上がる。
咳き込みながら顔を上げると、私たちがつい先ほど抜け出してきたばかりの洞窟の出口が完全に崩落し、巨大な瓦礫の山となって退路を塞いでいた。
「な……出口を、爆破した……!?」
ショウト様がアンナたちの行動に愕然と目を見開く。
「はい。ネズミが再び穴ぐらに逃げ込まないようにさせていただきました。それから、この爆発音を聞いた森に潜む魔物たちが、やがてここへ集まってくるでしょう。……もう、どこにも逃げられませんよ」
実際、アンナの言葉通りだった。
前方にはアンナと二十人以上の襲撃者たちが立ち塞がり、後方は崩落した瓦礫で塞がれた洞窟。
私たちは、洞窟を脱出して早々に、太陽の光の下で完全に『袋の鼠』となってしまったのだ。
「そんな……」
私は膝から崩れ落ちそうになり、咄嗟にショウト様の背中の服を強く握りしめた。
怖い。怖い。
ついさっきまで、あんなに温かくて希望に満ちていた光が、今は処刑台へと導かれる私を照らす残酷な光のように感じられた。
アンナたちは最初から、洞窟の出口で待ち伏せていたのだ。
ショウト様が魔物との連戦で魔力も体力も消耗し、外の光を見て完全に気が緩んだ、この『最も無防備な瞬間』を狙って。
「ショウト、様……っ」
私は、目の前に立つ彼の背中を見た。
何度も魔物からの攻撃を受けてボロボロの服。何度も剣を振るい続けたことで微かに痙攣している右腕。
ショウト様は、もう限界のはずだ。これ以上、こんな数の人間を相手に戦えるような状態じゃない。
(どうしよう……私のせいで。私がいるから、ショウト様が殺されてしまう……っ!)
恐怖と絶望が、再び私の心をドス黒く染め上げていく。
アンナの冷酷な瞳に見下ろされ、私は自分の無力さに絶望し、ただ震えることしかできなかった。
「……はっ。随分と、念入りな歓迎じゃねえか」
ショウト様は、一切の絶望を感じさせない声でアンナの言葉を鼻で笑う。
疲労困憊の身体に鞭を打ち、ゆっくりと、しかしどこまでも力強く立ち上がった。
「ショウト、様……?」
「心配するな、セレス。……言っただろ、絶対に外に帰るって」
彼は振り返らず、私の震える手をそっと解くと、再び私を背中側へと隠すようにしてアンナたちに向かって真っ直ぐに歩み出た。
「それにさ。……こういう卑怯なやり方をする奴らは、俺の師匠たちに比べたら全然怖くないんだよ!」
ショウト様は、右手に握る『漆黒の剣』を構え直す。
限界を超えた満身創痍の身体。
それでも、彼が私を守るために見せたその背中は、どんな絶望的な包囲網の中でも、決して折れることのない強烈な『光』を放っていた。




