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メインストーリーの、そのあとで  作者: 山楽かかし
第1章:月華の誓い
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第27話:終わらぬ襲撃

 微かな風の流れを頼りに、俺たちは発光ゴケの薄暗い光だけが照らす岩肌の迷宮を進んでいた。


「……きゃっ」

「大丈夫か、セレス。足元、滑りやすいから気をつけてな」

「はい……ありがとうございます、ショウト様」


 俺の手を強く握り返してくるセレスの掌は、ひどく冷たかった。


 無理もない。一切の準備もなくこんな洞窟へ放り出され、先ほどはあんな巨大な魔物と遭遇したのだ。


 緊張と恐怖で、心身ともに疲労困憊な状態だろう。


(急いで脱出しないと……。水も食料もろくにない状況じゃ、俺もセレスも長くは保たない)


 俺は常時『身体強化』を薄く展開し、周囲の気配を探りながら歩調を速めた。


 だが、そんな俺たちの焦りをあざ笑うかのように、この洞窟は容赦のない牙を剥き始めた。


「……ショウト様、何か……聞こえませんか?」


 セレスがビクッと肩を震わせ、俺の背中に身を寄せた。


 彼女の言う通りだ。通路の奥から、そして背後の暗闇から、カサカサという不気味な音が響いてくる。


 岩肌を擦るような音。何か硬いものを引きずる音。


 そして――ゲラゲラ、キキキッ、という、耳障りで下品な笑い声。


「……囲まれたみたいだな」


 俺はセレスを庇うようにして前に立ち、右手の『漆黒の剣』を構え直す。


 すると、周囲の暗闇から、こちらを見つめる無数の『赤い双眸』が浮かび上がる。


「ギヒヒッ!」

「ギャウッ! ギャウッ!」


 発光ゴケの光の中に姿を現したのは、子供ほどの背丈しかない、醜悪なゴブリンの群れだった。


 緑褐色の肌に、不釣り合いに大きな頭とギョロリとした目。


 その手には、動物の骨を削った粗末な棍棒や、赤錆びた刃こぼれだらけのナイフが握られている。


(ゴブリン……!)


 元の世界でもファンタジーの定番として知られる、最弱クラスの雑魚モンスター。


 クレスさんの座学でも、『ダンジョンのあちこちに徒党を組んで出現する徘徊者』だと教わっていた。


「ひっ……!」

「セレス、俺の背中から絶対に離れるなよ」


 一体一体の強さは、大したことはない。俺の身体強化と剣の腕があれば、一対一なら負ける要素など皆無だ。


 だが……問題は、その『数』だった。


「ギギャァァァァッ!!」


 甲高い鳴き声を合図に、十匹近いゴブリンが一斉にこちらへと飛びかかってきた。


 前、横、そして岩壁をよじ登って上からも降ってくる。


「シッ!」


 俺は漆黒の剣を振るい、先頭の三匹を横薙ぎに一刀両断した。


 刃が触れた瞬間、抵抗もなく刀身がゴブリンの身体を両断し、断面から大量の黒い煙を出しながら肉体を灰へと変えていく。


「ギャウッ!?」

「次ッ!」


 怯むことなく襲いかかってくるゴブリンたちを、次々に斬り伏せていく。


 力任せに剣を振るうのではなく、最小限の動きで相手の急所を的確に斬る。


 しかし、この状況には致命的な『制約』があった。


(くそっ、炎の魔法が使えない……!)


 そう、通路が狭すぎるのだ。


 それに加え、俺の背中にはセレスがいる。


 もし俺がミノタウロスを消し飛ばした時のような大技『アマノオハバリ』や巨大な火球を放てば、この閉鎖空間では炎から発せられる熱波の巻き添えを食らってセレスまで炭化してしまう。


 だからこそ、俺は『漆黒の剣』使った純粋な剣術と身体強化だけで戦わなければならない。


「ギヒャハハハハッ!!」


 斬っても、斬っても、暗闇の奥から次々と新たなゴブリンが湧き出してくる。


 一匹一匹は弱くとも、その圧倒的な物量による『波』が、俺の思考と体力をゴリゴリと削っていく。


「ショウト様! 右からも来ます!」

「わかってる!」


 セレスの悲痛な警告に反応し、右から飛びかかってきたゴブリンの錆びたナイフを剣で弾き返し、そのまま首を刎ね飛ばす。


 直後、左の死角から棍棒が振り下ろされる。俺は咄嗟に左腕の魔力膜を分厚くして防御し、ゴブリンの顔面へと蹴りを叩き込んだ。


「ハァッ……ハァッ……!」


 連戦による連戦に、自然と息が荒くなる。


 額から流れ落ちた汗が目に入るが、拭う暇すらない。


 常に全方位に神経を尖らせ、背後のセレスを守りながら殺到する無数の敵を正確に処理し続ける。


 これは、一瞬の隙も許されない綱渡りのような戦闘だ。


(数が多すぎる……! こいつら、どこかから湧いて出てるんじゃないのか!?)


 クレスさんの言葉が脳裏をよぎる。


『ゴブリンはとにかく数が多く、対処が追いつかずに群れに飲み込まれる事例も多くあります』


 まさに今、俺たちはその最悪の状況に陥りかけていた。


「ギャウギャウッ!!」

「チィッ……邪魔だァッ!!」


 俺はセレスの腕を掴んで自分の胸元へと引き寄せると、前方のゴブリンの群れに向かって、身体強化を全開にしたまま強引に突進した。


「吹き飛べッ!」


 剣による斬撃と、体当たりによる突破。


 道を防いでいたゴブリン数匹を吹き飛ばし、強引に血路を開く。


「セレス、走るぞ!」

「は、はいっ!」


 俺はセレスの手を強く引き、開いた血路を駆け抜けた。


 背後からは、獲物を逃すまいとするゴブリンたちの甲高い叫び声と、無数の足音がけたたましく追ってくる。


 走りながらも、追いついてきたゴブリンを背越しに斬り捨てる。


 終わりの見えない暗い通路。いつ果てるとも知れない魔物の群れ。


 少しでも足を止めれば、すぐに群れに飲み込まれて、文字通り肉片一つ残さず食い尽くされるだろう。


「ハァ……ハァ……っ!」

「ショ、ウト、様……っ」


 俺の呼吸は乱れ、心臓は早鐘を打っている。


 セレスも必死に俺についてきているが、彼女は身体強化を使えないただの少女だ。体力はすでに限界に近いだろう。


「もう少しだ……! このまま、風が吹いてくる方へ……!」


 俺は自分を奮い立たせるように叫び、『漆黒の剣』を振るい続けた。


 ゴブリンたちの小さな身体は、剣で斬りつけられる度に全て灰へと変わっていく。


 死体を踏み越える必要がないのは幸いだったが、その黒い灰の舞う澱んだ空気が俺の肺を確実に蝕み、疲労を蓄積させていた。


 …………どれだけ走っただろうか。


 次第に背後から聞こえていたゴブリンたちの甲高い鳴声が次第に遠ざかり、ついに聞こえなくなった。


 どうやら、ゴブリンたちの縄張りから抜け出したらしい。


「……ここまで来れば、とりあえずは……」


 俺は走っていた足を止めて、その場に膝をついた。


「ハァッ……! ハァッ……! ゲホッ、ゴホッ……!」


 肺が焼けるように熱い。


 魔力操作と身体強化の連続使用。極度の緊張状態での防衛戦。


 全身の筋肉が鉛のように重く、指先が微かに震えていた。


「ショウト様っ! 大丈夫ですか!?」


 セレスが慌てて俺の背中に寄り添い、震える手で背中をさすってくれる。


「ああ……大丈夫だ。ちょっと、息が上がっただけ……」

「嘘です、ひどい汗……! 私のせいで……私が足を引っ張っているせいで、ショウト様がこんなに……!」


 セレスの碧眼から、痛ましい後悔の涙が溢れそうになる。


 俺は無理やり口角を上げ、彼女の頭にポンと手を乗せた。


「そんなことないさ。セレスがいなかったら、背後からの奇襲に気付くのが遅れていたかもしれない。お互い様だよ」


 セレスを安心させようと強がって笑ってみせたが、現実は決して甘くなかった。


 飲み水も、携帯食料もない。


 そして今、ゴブリンを倒して分かったことがある。


(この世界のゴブリンは……倒すと死体が残らない、つまり『魔物』になるのか)


 ゲームやファンタジー知識で言えば、魔物を倒してその肉を食料にするというサバイバル手段がある。


 しかし、この世界の魔物は倒されると黒い煙を出しながら灰なってしまい、肉や骨といった素材を残さない。


 つまり、このダンジョン内での食料などの『現地調達』は現状不可能ということだ。


 体力は確実に削られ、喉の渇きも限界に近づきつつある。


 極限状態でのサバイバルは、静かに、そして確実に、俺たち2人を絶望の淵へと追い詰めようとしていた。

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