第24話:英雄の弟子?
「……セレス?」
俺はもう一度、壁際で固まっている彼女に優しく声をかけた。
セレスは弾かれたようにビクッと肩を揺らし、恐る恐る、信じられないものを見るような碧眼を俺に向けた。
「ショウト、様……。今のは、一体……」
「ごめん、驚かせたよな。少し魔力を込めすぎたかもしれない。でも、これでとりあえずの危険は――」
「ち、違います! そういうことではなくて……!」
セレスは壁に手をつきながらふらふらと立ち上がり、灰の山となったミノタウロスの残骸と、俺を交互に指差した。
「あれは、ミノタウロスですよ!? 本来であれば、高難易度ダンジョンの深層にしか現れない、騎士団が一箇中隊を編成してようやく討伐できるかどうかの、災害級の魔物です……! それを、たった一人で、あんな一撃で……」
「き、騎士団が一箇中隊?」
俺は思わず聞き返した。
(ま、マジかよ……。どうりで強かったはずだ……)
「ショウト様は、一体何者なのですか……? 年齢は、私とそう変わらないように見えますのに。あんな途方もない剣技と魔術……どこの高名な騎士団で、あるいはどこの魔導学院で学ばれたのですか?」
セレスの問いかけには、純粋な好奇心というよりも、得体の知れない存在に対する畏怖のようなものが混じっていた。
「いや、俺はただの駆け出しの冒険者だよ。騎士団とか魔導学院なんて、立派なところには行ったことがない。……ただ、少しばかり『師匠』に恵まれただけさ」
「し、師匠、ですか?」
「ああ。俺が右も左も分からなかった時に拾ってくれて、一から剣と魔法を叩き込んでくれた人がいるんだ」
俺は剣の柄を握っていた右手を開き、軽く握り直しながら苦笑した。
「本当に、めちゃくちゃな人だったよ。『身体強化』を教えてもらってすぐに森の中を走らされたり、毎日ボロボロになるまで木剣で稽古を付けてくれたり……。でも、あの人がいなかったら、俺は今頃どうなっていたか分からない」
「……その方は、何というお名前なのですか?」
セレスが、ごくりと唾を飲み込んで尋ねてきた。
俺は隠すようなことでもないと思い、素直に恩人の名前を口にした。
「エルフの女性でね。名前は『リリストーラ』。……俺はいつもリリィさんって呼んでるんだけど――」
「――――えっ?」
セレスの動きが、ピタリと止まった。
瞬きすら忘れ、口を半開きにしたまま、文字通り石像のように完全に硬直してしまったのだ。
「セレス?」
「リリス、トーラ……? エルフ?」
セレスは震える声で、その名前を反芻した。
「シ、ショウト様……、つかぬ事をお聞きしますが、その『リリストーラ』様というエルフの女性は……白銀の髪に、翡翠の瞳をされておりましたか……?」
「えっ、あ、うん。そうだけど。もしかして、知り合いだったか?」
「し、ししし、知り合いなどと、そんな恐れ多い……ッ!!」
突如、セレスがパニックを起こしたように両手で自分の顔を覆い、バタバタと後ずさった。
そして、信じられないものを見るような――いや、今度は『興奮』と『疑念』が入り混じった視線を俺に向けてきたのだ。
「ショウト様……ご自身が誰の弟子なのか、分かっていらっしゃらないのですか!?」
「え? いや、だから森の奥に住んでる、ちょっとマイペースな強すぎるエルフの……」
「リリストーラ様といえば!! かつて世界を滅ぼしかけた『邪神大戦』において、世界を救い真の平和をもたらした『6人の英雄』のお1人であり……『救世主』と呼ばれる、伝説の御方なのです!!」
「…………は?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
今、セレスは何と言った? 『6人の英雄』? 『救世主』?
いつもクッションを抱いてよだれを垂らしながら昼寝していた、あのリリィさんが?
「ま、待て待て待て! セレス、落ち着いて! そんなわけないって!?」
俺は突然の情報に頭を抱えた。
確かに強いと、強すぎるとは思っていた。
俺が火の魔法を暴走させた時や、全力で斬りかかった時も、平然と弾き飛ばすバケモノだということは身をもって知っていた。
だけど、まさか歴史の教科書に載るような『世界を救った伝説の英雄』そのものだったなんて、ただの一言も聞いていない!
(リリィさん……、なんでそんな重要な情報を隠して普通に振る舞ってたんだよ!? いや、クレスさんもクレスさんだろ! リリィさんの世話をしてたってことは、あの人も絶対に只者じゃないって!)
俺は心の中で、はるか遠くの森にいるであろう2人に向かって盛大にツッコミを入れた。
「あ、ああ……どうしましょう。私、そんな伝説の御方の直弟子であるショウト様に、あんなに馴れ馴れしく……。無礼討ちにされても文句は言えませんわ……っ!」
セレスが青ざめた顔でブルブルと震え、今にもその場に土下座しそうな勢いで身を縮こまらせている。
「いやいやいや! 違うから! 俺はそんな大したヤツじゃないって! そこら辺にいる普通の冒険者だから! 無礼討ちなんて絶対にしないし、これからも今まで通り普通に接してくれ!」
「で、ですが……英雄の系譜を継ぐ御方だなんて……」
「俺は俺だ。師匠が誰であろうと、俺がセレスを守るって決めたことは変わらないよ」
俺が両手を振って必死に弁明し、最後に真っ直ぐ目を見てそう告げると、セレスはハッと息を呑み、その碧眼を微かに潤ませた。
――その直後。
彼女の瞳に浮かんだ安堵の光は、スッと暗く、重い影へと塗り潰されていった。
「ショウト、様……」
セレスは俯き、自分の胸のあたりを両手でギュッと強く握りしめた。
その姿は、先ほどまでの英雄の弟子に対する恐縮とは違う、もっと根源的な『恐怖』と『諦め』に囚われているように見えた。
「……セレス? どうした?」
「……申し訳ありません」
セレスの口から漏れたのは、とても悲しそうで消え入りそうな声だった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、悲壮な決意を秘めた瞳で俺を見つめ返した。
「ショウト様が……そこまで凄まじい力を持った、素晴らしい御方だからこそ。これ以上、私みたいな『忌まわしい存在』が、貴方のお側にいてはいけないんです」
「……忌まわしいって、またその話か?」
「はい。……私の、『呪い』の本当の話を、しなければなりません」
ミノタウロスを倒し、静寂が戻った薄暗い空間の中で。
セレスはついに、アンナたちから命を狙われる元凶となった、自らの血に刻まれた『秘密』を語り始めた。




