第23話:一刀両断の奥義
「グルルルォォォォォォォォォッ!!!」
通路を揺るがすような絶叫と共に、ミノタウロスが迫り来る。
三メートルを超える巨体が、怒りと殺意のままに全てを粉砕しようと猛烈な速度で突進してくる。
振り上げられた巨大棍棒が、天井の薄暗い発光ゴケの光を遮り、俺の上に巨大な死の影を落とした。
だが、迫りくる脅威に対して俺の心は恐ろしいほどに静まり返っていた。
右手に握る『漆黒の剣』は、限界まで魔力を込められ刀身そのものが淡い光を発している。
俺を中心に周囲の空間が、刀身が発する異常なまでの圧力によってグニャグニャと歪み、陽炎を発生させていた。
(……もっと。まだ足りない)
俺は上段に構えた『漆黒の剣』へ、さらに魔力を注ぎ込む。
本来なら周囲一帯を焼け野原にするだけの魔力を、手に握る『1本の剣』へ無理やり押し込める。
剣が『これ以上は限界だ』と悲鳴を上げるように、ビリビリと激しく振動し始めた。
あの地獄の特訓を最後まで耐え抜いたご褒美として、約束通りリリィさんが披露してくれた奥義の数々。
その中の1つに、刀身に圧縮するように込めた魔力を、一振りの斬撃として解放する技があった。
俺は、その技をただの見よう見まねで再現しようとしている。
あのデタラメな師匠が放った、天地そのものを両断するような本物の奥義に比べれば、威力も、精度も、魔力の練度も、まだまだ遠く及ばない。
だけど、それでも、今の俺が放てる一撃としては、これが紛れもない『最高到達点』だ。
「ショウト様……ッ!」
背後に庇うセレスが息を呑む気配がした。
ミノタウロスとの距離はすでに数メートル。
あの怪物の血走った双眸が、俺を確実にすり潰そうと見下ろしてくる。
奴が棍棒を振り下ろす予備動作に入った、その一瞬の隙。
(今だ――!)
俺は右足で強く床を踏み込み、『漆黒の剣』を渾身の力で振り下ろし、限界まで溜め込んだ魔力を一気に解放する。
「食らえ――『アマノオハバリ』ッ!!」
――ドバァァァァァァァッ!!!
剣先から放たれたのは、斬撃というよりも『光線』だった。
極限まで圧縮された真紅の魔力が、凄まじい速度で薄く、鋭い三日月型の刃となって空間を走り抜ける。
その超高温の刃は、ミノタウロスが振り下ろした巨大な棍棒に触れた瞬間、木材を燃やすどころか、一瞬にしてプラズマのように『蒸発』させた。
「ガ、ア……?」
棍棒を失った反動と、眼前に迫る圧倒的な熱の壁に、ミノタウロスが呆けたような声を漏らす。
だが、もう遅い。
真紅の刃は、一切の抵抗を許すことなく、ミノタウロスの分厚い胸の装甲を斜めに切り裂いた。
「――ギ、ギャァァァァァァァァッ!?」
怪物の口から、この世のものとは思えない絶叫が迸る。
俺が放った『アマノオハバリ』の熱量は、奴のあの異常な回復能力を完全に凌駕していた。
斬り裂かれた端から、細胞が、筋肉が、血液が、修復する間もなく炭化し、灰へと変わっていく。
赤黒い瘴気のような治癒の光が傷口から漏れ出そうとするが、それすらも真紅の炎が根こそぎ焼き尽くし、無に還していく。
そして―――
パキンッと、炎の刃がミノタウロスの胸の奥深くに隠されていた命の核――『魔石』を正確に捉え、両断する甲高い音が響いた。
「ゴ、ボォ……ァ……」
魔石を破壊されたミノタウロスの巨体は、斜めに切り裂かれた断面から激しく炎を噴き出しながら、ゆっくりと、スローモーションのように前へと倒れ込んだ。
ズドォォォォンッ……。
床に崩れ落ちた巨体は、すでに生命活動を停止していた。
いや、それどころか、俺の放った熱の残滓に肉体を蝕まれ、ボロボロと崩れ始めている。
ものの数秒のうちに、三メートルを超える牛頭の巨獣は、完全に黒い灰の山となってダンジョンの床に散らばった。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
俺は剣を振り下ろした体勢のまま、激しく肩で息をしていた。
死と隣り合わせの中での魔力操作と、自身の力を全開にして放った一撃。
大量の魔力を使った反動で、全身の筋肉が軋み、両腕が焼け焦げたように熱い。
もしリリィさんとの修行で『身体強化』を徹底的に叩き込まれていなければ、この一撃を放った瞬間に俺自身の腕が吹き飛んでいただろう。
「……終わった、か」
俺は右手の中で真紅の炎を纏っていた刀身を振って炎を散らし、元の漆黒の刀身へと戻してから静かに鞘へ戻した。
しん、と戦闘の轟音が止んだ地下空間に、再び不気味な静寂が戻ってくる。
聞こえるのは、俺の荒い呼吸音と、遠くで水滴が落ちる音だけ。
「……セレス」
俺は乱れた息を整えながら、背後の壁際で固まっている少女へと振り返った。
「怪我は、ないか?」
そう声をかけると、彼女が信じられないものを見るような、驚愕に見開かれた眼で俺を見つめていることに気がついた。




