第21話:柔能く剛を制す
――ギガァァァァンッ!!
『漆黒の剣』と、大木の幹を丸ごと削り出したような巨大棍棒が正面から激突した瞬間、火薬庫が爆発したかのような凄まじい轟音が地下空間に響き渡る。
飛び散る火花が、発光ゴケの薄暗い空間を一瞬オレンジ色に染め上げる。
「ぐ、おぉぉっ……!」
(重い。あまりにもに重すぎるっ…!)
魔力による『身体強化』を最大出力まで引き上げ、筋肉の繊維一本一本から骨格に至るまでを鋼のように強化させているにも関わらず、両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げているのがはっきりと分かった。
剣の柄を握る両手は既に限界点に達し、皮膚の下で毛細血管が弾けるような鈍い痛みが走る。
「グルォォォォォォッ!!」
眼前のミノタウロスは、赤黒く血走った双眸をぎょろつかせながら、さらなる圧力をかけてきた。
ただの腕力だけではない。三メートルを優に超える筋骨隆々の巨体と、その圧倒的な質量そのものが絶対的な武器となっているのだ。
純粋な物理法則の前では、小柄な人間が真正面から力比べを挑むこと自体が、極めて愚かな自殺行為だった。
足元の硬い石床がメキメキと音を立てて陥没し、俺の靴底は衝撃を殺しきれずに後方へとズルズルと削られながら後退していく。
(このままじゃ、押し潰される……!)
俺はギリッと奥歯を噛み締め、極限の緊張状態の中で現状を打開するために思考を加速させた。
(今のままじゃ、絶対に力負けする。どうする!? どうする!? 考えろ、死ぬぞ!?)
その時、脳裏に電流が走るように思い浮かんできたのは、毎日毎日骨の髄までしごかれた、あのマイペースな師匠との、ある日の組手風景だった。
俺の全力の突進と斬撃を、リリィさんはその辺で拾った適当な木の枝一本で涼しい顔をして受け止め、まるで遊ぶように俺を地面に転がした。
そして、泥だらけになって息を切らす俺を見下ろし、呆れたような、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべてこう言ったのだ。
『くそっ! なんで折れないんですか、その棒! おかしいでしょ!? こっちは魔力で強化までしてるのに!?』
『ふふん、ショウトはホントに力みすぎなんだよ。そんな馬鹿みたいに突っ込んできたら、いくら力があっても意味ないよ?』
『そ、そんなこと言われても…』
『いいかいショウト、力や武器の差がある相手と戦う時はね、その力をそっくりそのまま利用しちゃうんだよ。剛を制するのはいつだって柔! ほら、こうやって力のベクトルを『スッ』と横にずらしてあげるだけで……ね?』
枝先で軽く弾かれただけなのに、俺自身の突進の勢いが完全に裏目に出て、空中で錐揉み回転しながら木に激突したあの感覚。
『どれだけ力の強い相手でも、勝手にすっ転んで自滅してくれるんだから! あ、でも根本的に実力差がありすぎたら意味ないけどね。過信はだめだよぉ?』
(そうだ……まともに張り合う必要なんて、最初から一ミリもない!)
俺は眼前のミノタウロスの血走った瞳を鋭く睨み据え、大きく息を吐き出す。
そして、ミノタウロスからの攻撃を全身で受け止めていた力を、一瞬にして完全に『抜いた』。
「――っ!」
突然、押し込んでいた相手の抵抗がなくなったのだ。
ミノタウロスの巨体は、自身の振り下ろした棍棒の凄まじい勢いと体重を支えきれず、大きく前方へとつんのめった。
だが、俺はただ力を抜いて後退したわけではない。
受け止めていた『漆黒の剣』の刀身を、手首の柔らかなスナップを利かせてほんの少し斜め下へと滑らせたのだ。
――ギ、ギィィィィンッ!
刀身と棍棒が擦れあい、嫌な金属音が鳴り響く。
ミノタウロスの巨大棍棒は俺の刀身を滑るように逸らされ、そのまますぐ横の石畳みへと全力で激突した。
――ズドドドォォォォンッ!!
凄まじい地響きと共に、石の破片が散弾のように飛び散り、鼓膜を破るような轟音が通路を揺らす。
自らの全力の一撃を流され、地面に叩きつけてしまったミノタウロスは、前傾姿勢のまま完全にバランスを崩し、俺の目の前で無防備に隙を晒していた。
「もらったァッ!」
俺は逸らした剣を構えなおし、片足を軸にして身体を独楽のように鋭く旋回させる。
遠心力、踏み込みの力、そしてミノタウロス自身が生み出した絶対の隙。そのすべてを乗せた、渾身の横薙ぎ。
「シッ!」
鋭い呼気と共に放たれた漆黒の刃が、空気を裂くような甲高い音を立てて閃いた。
狙うは、巨体を支える太い右脚の膝裏。
装甲のように分厚い皮革と筋肉の隙間を、正確かつ無慈悲に深く切り裂く。
「ブ、ゴォォォォォォォォッ!?」
硬い肉と太い腱を断ち切る、確かな、そして重い手応え。
ミノタウロスは苦痛と驚愕の入り混じった絶叫を上げ、切り裂かれた右脚から滝のように大量のどす黒い煙を吹き出しながら、激しく体勢を崩して片膝をついた。
「よしっ!」
機動力は完全に削いだ。どれほど力が強くとも、足の腱を断たれれば踏み込むことすらできないはずだ。
俺は体勢を崩したミノタウロスの死角へと流れるように回り込み、今度は巨大な棍棒を握る右腕の腱を断ち切るべく、再び『漆黒の剣』を高く振りかぶった。
これなら、いかに規格外の巨体を持つ魔物だろうと確実に無力化できる。
そう、完全に確信していた。




