第16話:反撃の一閃
『――ハッ!』
短い呼気と共に、五人の暗殺者たちが一斉に動いた。
薄暗い路地裏の石畳を蹴る音すらさせず、彼らは俺とセレスを完全に包囲する陣形を保ったまま、恐るべき速度で距離を詰めてくる。
上段、中段、下段、そして左右からの挟撃。逃げ場のない路地裏の広場で、彼らの放つ無骨な直剣の切っ先が、俺の四肢と首筋、そして背後に庇ったセレスを正確に捉えていた。
「ショウト様……っ!」
背中で俺の外套を握りしめるセレスが、絶望的な悲鳴を上げる。
常人の目には、5つの死の刃が同時に迫り来る回避不能の絶体絶命に映るだろう。
だが――――
(……やっぱり、遅い)
俺の目には、彼らの動きがまるで泥水の中を進んでいるかのように、ハッキリと、そしてひどく緩慢に見えていた。
『理不尽』という言葉をドレスに着せ、暴力で煮詰めたようなあの師匠――リリィさんが放つ、森の木々ごと空間を粉砕するような超音速の斬撃。
それに比べれば、彼らの剣筋はあまりにも単調で、殺気に満ちている分だけ次にどう動くかが手に取るように分かってしまう。
俺は小さく息を吐き、右手に握った『漆黒の剣』に体内で練り上げた魔力を一気に流し込んだ。
「――少し、派手にいくぞ」
奴らの剣が俺の身体に触れる寸前。
俺は、魔力によって尋常ならざる熱を帯びた『漆黒の剣』を、一気に振りぬいた。
『ガァァァァンッ!!』
横薙ぎの一閃。それは、剣術というよりは、圧倒的な質量と膂力による暴力的な薙ぎ払いだった。
俺の漆黒の剣と交差した五本の直剣は、まるでガラス細工のようにあっけなく粉砕され、銀色の破片となって空中に撒き散らされる。
「なっ――!?」
暗殺者たちの驚愕の声は、最後まで続かなかった。
武器を破壊された衝撃と、俺の剣から放たれたすさまじい剣圧の余波を受け、五人の男たちは紙屑のように吹き飛ばされたのだ。
レンガ造りの壁に激突し、ドサリ、ドサリと重い音を立てて崩れ落ちる。彼らはそのままピクリとも動かなくなり、路地裏には再び不気味な静寂が舞い降りた。
俺は残心と共にゆっくりと息を吐き、空中に散らばった剣の破片がセレスに当たらないよう、外套を広げて彼女を庇った。
「……ふぇ?」
背後から、セレスの呆然とした声が聞こえた。
震えて目を閉じていた彼女が、恐る恐る顔を上げると、そこにはほんの一瞬前まで自分たちの命を狙っていた男たちが、壁際で全員気絶している光景が広がっていたのだ。
「終わったよ、セレス。怪我はないか?」
「あ……えっと……。な、何が起きたんですか……?」
俺が振り返って微笑みかけると、セレスは状況が全く飲み込めていない様子で、俺と倒れた男たちを何度も見比べていた。
「なるほど。大通り近くの別動隊が数秒で沈められたのは、決して彼らが油断したからではないのですね」
その時、広場の奥から、ひどく冷たく、静かな声が響いた。
視線を戻すと、五人の部下が一瞬で無力化されたというのに、アンナは表情一つ変えずにこちらを見据えていた。
「素晴らしい身体能力ですね。それに、その異様な力を放つ剣。……ただの冒険者という自己申告は、やはり嘘でしたか」
「嘘じゃないって。ちょっと師匠の元で、厳しい修行をしてただけだ」
俺は漆黒の剣の切っ先を下げ、アンナに向き直った。
「なあ、アンナ。本当にやる気なのか?」
「……」
「さっき、屋台で一緒に『美味しい』って笑ってたじゃないか。セレスが楽しそうにしてるのを見て、嬉しそうにしてたじゃないか。あれも全部、嘘だったって言うのか?」
俺の問いかけに、アンナは僅かにも表情を崩さなかった。
「全ては、セレス様の警戒心を完全に解くための『演技』です。任務を円滑に遂行するためには、対象に親愛の情を抱かせることが最も効率的ですから」
アンナが淡々と告げるその言葉に、セレスが再びビクッと肩を震わせる。
「……そうかよ。よく分かった」
俺は剣の柄を握り直し、低く構えた。
これ以上言葉を交わしても、彼女の冷酷な仮面が剥がれることはない。
ならば、力ずくで無力化して、セレスへの脅威を取り除くしかない。
アンナはゆっくりと両手を広げ、着ていた使用人のエプロンを手際よく脱ぎ捨てた。
その下には、動きやすさを重視した黒い軽装と、太ももや腰回りに無数のナイフを仕込んだホルスターが装着されていた。
「これほどのイレギュラーが存在するとなれば、予定を変更せざるを得ませんね」
アンナは両手に、刃渡りの短い投げナイフを三本ずつ、扇状に構えた。
その身体から、淀んだ泥のように重く、不吉な空気を纏った力が膨れ上がる。
「脅威度を上方修正。セレス様を捕える前に、まずはショウト様。貴方を――排除します」
言うが早いか、アンナの両手から放たれた六本のナイフが、鋭い風切り音を立てて俺へと襲いかかってきた。
軌道は正確で、速度も申し分ない。だが、これくらいなら問題なく弾き落とせる。
俺は右手の剣を振り上げ、迫り来るナイフを峰で叩き落とそうとした。
「――『散れ』」
アンナの冷たい唇が、短くそう紡いだ。
「えっ……!?」
直後――
俺の剣にナイフが触れる直前、空中にあった6本のナイフの刃が、不自然なほど赤熱したかと思うと――凄まじい轟音と共に、一斉に『爆発』した。
『ドガァァァァンッ!!!』
路地裏という閉鎖空間で引き起こされた爆発は、強烈な熱波と爆風を伴って俺たちに襲いかかった。
「しまっ――! セレス、伏せろ!」
俺は咄嗟に反転し、セレスの身体を抱き抱えるようにして地面に押し倒した。
直後、俺の背中を強烈な爆風とオレンジ色の炎が舐め上げる。
咄嗟の身体強化で肉体を守り、剣で炎を散らしたおかげで致命傷にはならなかったが、想定外の攻撃で完全に虚を突かれてしまった。
(ナイフ自体が爆発した……!? 爆発の魔道具か、それともアンナ自身の魔法か……!)
もうもうと立ち込める黒煙の中で、俺はセレスを庇ったまま鋭く目を凝らす。
パチン、という微かな足音。
アンナが爆発の煙を隠れ蓑にして、いつの間にか俺のすぐ目の前まで音もなく肉薄していた。
「なっ……!」
その手には、爆発する投げナイフではなく、近接戦闘用の鋭い短剣が握られている。
そして何より驚かされたのは、彼女の身体能力が、先ほどの爆発前の立ち振る舞いとは比べ物にならないほど跳ね上がっていることだった。
どす黒い魔力のようなものを全身に纏い、その細い腕から繰り出される短剣の刺突は、空気を引き裂くほどの鋭さを持っていた。
「死になさい」
感情のない声と共に、アンナの短剣が俺の心臓を一直線に貫きにくる。
俺は地面に膝をついた体勢のまま、漆黒の剣を盾のように掲げてその一撃をどうにか受け止めた。
ギギギギギッ! と、激しい金属音と火花が散る。
俺の剣と拮抗するその膂力は、とても小柄な少女のものとは思えなかった。
どうやら、彼女はただの使用人ではなさそうだった。未知の力による身体強化と爆破能力を使いこなす危険な存在。
油断すれば、俺だけでなくセレスの命もない。
「……上等だ」
俺はセレスを背中から庇いながら、短剣による攻撃を繰り返してくるアンナを見据え、反撃の機会を窺っていた。




