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メインストーリーの、そのあとで  作者: 山楽かかし
第1章:月華の誓い
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第11話:温かい食事と団欒

 謎の襲撃犯からセレスを守り、アンナと合流した俺たちは、薄暗く冷たい路地裏を抜け、大通りへと戻った。


 ジュージューと肉の焼ける音、香ばしいスパイスの香り、行き交う人々の活気ある喧騒が、再び俺たちを包み込む。


 つい先ほどまでの死闘の冷たい空気は完全に消え去り、そこには賑やかで平和な夕暮れの町並みが広がっていた。


「おっ、戻ってきたな兄ちゃん! 串肉、ちょうど焼き立てだぜ!」


 先ほど買いそびれた屋台の前に戻ると、恰幅の良いおじさんが愛想よく笑いかけてきた。


「おじさん、ごめん! オークの串肉、三本ちょうだい!」

「あいよっ! 大銅貨三枚と、銅貨六枚だ!」


 俺はポケットから硬貨を取り出して支払い、湯気を立てる大ぶりの串肉を三本受け取った。


 滴る肉汁とスパイシーな香りに、俺の胃袋が再び限界を訴えるように大きく鳴る。


 だが、俺が真っ先に串を向けたのは、俺の後ろで少し居心地悪そうに周囲を見回しているセレスと、彼女に寄り添うアンナの方だった。


「はい、セレス、アンナ。これ、二人の分」


 俺が目の前に熱々の串肉を差し出すと、セレスはフードの下で驚いたように顔を上げ、戸惑った視線をアンナへと向けた。


「え……? あの、ショウト様。私は結構です。これ以上、出会ったばかりのあなたに施しを受けるわけには……」


 セレスは両手を小さく振って遠慮し、一歩後ずさった。


 先ほど命を救われたばかりで、さらに食事まで奢ってもらうことに、彼女なりの強い矜持と罪悪感がストップをかけているのだろう。


 それに、令嬢として厳しい教育を受けてきたであろう彼女にとって、人目のある通りで串肉にかぶりつくという行為自体が、とてつもなくハードルの高いことらしかった。


 そんな彼女の葛藤を見て、アンナがクスリと優しく微笑んだ。


「ふふっ。セレス様、今日はお忍びでの息抜きなのですから、堅苦しい作法は抜きにいたしましょう。それに、ショウト様のご厚意を無下にするのも、かえって失礼にあたるかと存じます」

「うぅっ……アンナがそういうなら……」

「施しだなんて大げさだなぁ。それに、さっきの盛大な音を聞いて『いらない』は無理があるって」

「そ、それは……っ!」


 図星を突かれたセレスは、再び耳の先まで真っ赤にして言葉に詰まった。


 俺は少しだけ強引に、彼女の両手に温かい串肉の持ち手を握らせ、アンナにももう一本を手渡した。


「いいから、食べてみてよ。すごくいい匂いがするし、絶対に美味いからさ。せっかくの焼き立てなんだ、冷めちゃうともったいないだろ?」


 俺が屈託なく笑いかけると、セレスは手の中の串肉と俺の顔を交互に見比べ、やがて観念したように小さく息を吐いた。


「……ありがとうございます、ショウト様。いただきます」


 セレスは周囲の目を気にするようにフードを少しだけ深く被り直し、口元だけを覗かせるようにして、恐る恐る串肉の先端を小さく齧った。


「っ……!」


 その瞬間、彼女の肩がビクッと大きく跳ねた。


 串肉が焼きたてだったこともあり、口の中を火傷したのかと俺が焦るより早く、彼女の口の動きが劇的に変化した。


 小さく咀嚼していたはずの口が、一口、また一口と、吸い込まれるように肉を食べ始めたのだ。


 普段、どんな環境で生活しているのかは分からないが、火から下ろされたばかりの舌を火傷しそうなほど熱い食事は、彼女にとって初めての体験だったのかもしれない。


 噛み締めるたびに溢れ出す、暴力的なまでの肉の旨味と荒々しいスパイスの刺激。


 それは、彼女にとって『外の世界の、飾らない本物の温かさ』そのものだったのだ。


「はむっ、んっ……んくっ」


 気品や作法など、すっかり頭から飛んでしまっていた。セレスは両手で串を握りしめ、無我夢中でオークの肉に齧り付く。


 口の周りに脂がつくのも気にせず、もきゅもきゅと頬を膨らませて必死に咀嚼する姿は、まるで冬眠前に木の実を頬張る小動物のようで、思わず見入ってしまうほどの愛らしさだった。


「もう、セレス様ったら。そんなに急がなくても、お肉は逃げませんよ」


 アンナが呆れたように、しかし心底嬉しそうな声を出して笑い、懐から取り出した清潔なハンカチでセレスの口元を優しく拭う。


「あ、あっ……! ご、ごめんなさい! あまりにも美味しくて、つい……っ! 決して、はしたない真似をしようとしたわけではなくて……!」


 我に返ったセレスが顔を真っ赤にしてパニックに陥り、涙目になりながら言い訳をする。


 そんな微笑ましい主従のやり取りと、セレスの年相応の隙だらけな反応に、俺は耐えきれずに声を上げて笑ってしまった。


「はははっ、いいんだよ! 屋台の食べ物はそうやってガツガツ食べるのが一番美味いんだから。アンナも食ってみろよ、本当に美味いからさ」

「ふふっ。はい、いただきます」


 アンナも上品に串肉を口に運び、目を丸くして「本当に美味しいです」と頬を緩ませた。


 そこからは、三人のちょっとした屋台巡りツアーになった。


 魔道具で照らされた大通りを歩きながら、目につく美味しそうなものを次々と試していく。


 果実を丸ごと絞った冷たいジュース、木の実がたっぷり入った甘い焼き菓子、謎の魔物の肉を使ったスパイシーな揚げ物。


「んっ……! この果実水、すごく冷たくて甘いです!」

「だろ? こっちの焼き菓子もサクサクしていて美味いぞ。ほら、半分こしよう」

「あ、ありがとうございます……はむっ。ん〜っ……!」


 俺が次々と買っては手渡すたびに、セレスは最初の方こそ躊躇っていたものの、一口食べるとパァッと表情を明るくして夢中で頬張った。


 雑多な人混みも、屋台のチープでジャンクな味付けも、彼女にとっては見るもの全てが新鮮な驚きに満ちているようだった。


 次第に腹が満たされてきたからなのか、歩き回るのが楽しくなってきたからなのか、セレスの全身から張り詰めた警戒心や怯えはすっかり消え失せていた。


 フードの奥から覗く口元は、自然で柔らかい弧を描いており、時折、俺の冗談に小さく肩を揺らして笑う姿は、年相応の普通の女の子と何ら変わりない。


「ショウト様、本当にありがとうございます」


 俺たちから少しだけ後ろを歩いていたアンナが、隣に並びながらそっと声をかけてきた。


「セレス様が、あんなに心から楽しそうに笑われるのを、私は久しぶりに見ました。……あの方は、とてもお優しくて、責任感が強すぎるがゆえに、いつもご自身を押し殺してばかりいらっしゃるのです」


 アンナの瞳は、少し先を歩いて珍しそうにガラス細工の屋台を覗き込んでいるセレスの背中を、慈愛に満ちた優しい眼差しで見つめていた。


「だから……今日、こうして街に出て、ショウト様のような温かい方に出会えて、本当に良かったです。セレス様のあんな笑顔を引き出してくださって、感謝の言葉もありません」


 深々と頭を下げるアンナの言葉には、セレスを心から大切に想う『家族』としての確かな愛情がこもっているように感じられた。


「いや、俺はただ美味いものを一緒に食べてるだけだって。それに、セレスが笑ってくれてるなら、俺も嬉しいしな」


 俺が照れ隠しに頭を掻きながら答えると、アンナは「ふふっ」と優しく微笑み、再びセレスの元へと小走りで駆け寄っていった。


「セレス様、あまり身を乗り出すと危ないですよ」

「アンナ、見て! この硝子の鳥、すごく綺麗……!」


 夕暮れが近づき、街路の魔道具による照明がポツポツとオレンジ色の温かい光を灯し始める。


 その光に照らされながら、姉妹のように仲良く笑い合うセレスとアンナの姿を見て、俺は胸の奥にじんわりと広がる温かい心地よさを感じていた。


(王都への旅も、この二人が一緒なら、きっと楽しい旅になるだろうな)


 喧騒と活気に満ちた商店街の真ん中で、俺は心からの安堵と共に小さく息を吐いた。


 手元に残った焼き菓子を一口で放り込みながら、俺はこの温かく平和な時間が、これからもずっと続いていくのだと、何の疑いもなく信じ切っていたのだった。

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