第9話:謎の集団と、迫る包囲網
「――いたっ!」
薄暗い路地裏の奥にその姿を見つけた瞬間、俺は安堵と興奮の入り混じった声を漏らした。
間違いない。先ほど屋台の前でぶつかった、あのローブ姿の少女だ。
彼女は冷たいレンガの壁に背中を預け、息を切らしてうずくまっていた。
俺の『神器』を目覚めさせるかもしれない、最大の鍵。
それが無事に見つかったことに、俺は心底ホッと胸を撫で下ろした。
(よかった、まだそんなに遠くへ行ってなくて……)
俺は怖がらせないように歩調を緩め、彼女の方へと歩み寄る。
だが、建物の影に入って彼女の顔がはっきりと見えた瞬間、俺は思わず足を止めそうになった。
彼女の美しい碧眼は、俺がさっき声をあげたことで気付いたのか、こちらをはっきりと捉えている。
しかし、その瞳に浮かんでいるのは『再会の驚き』などではなかった。
まるで、死神か恐ろしい化け物にでも遭遇したかのような、激しい『怯え』と『警戒』が色濃く映っていた。
(あれ……? なんでそんなに怯えてるんだ?)
彼女の様子に心当たりがない俺は内心首を傾げる。
確かに、ぶつかった時に俺が急に固まってしまったから、不気味に思われたのかもしれない。
それにしても、あんなに絶望したような顔で身を固くしなくてもいいじゃないかと思ってしまう。
俺は少しでも彼女を安心させようと、強張っていた頬の筋肉を緩め、害意がないことを示すために両手を上げて近付こうとした。
「あのさ、さっきはごめ――」
それは、謝罪の言葉を口にしかけた、その時だった。
『――ッ』
俺の肌を、ピッと鋭い刃物が肌の表面を撫でたような気がした。
いや、違う。これはリリィさんとの修行で嫌というほど叩き込まれた、明確な『害意』の感覚……いわゆる『殺気』と言うやつだ。
俺は歩みを止めず、自然な動作を装いながら『害意』の主を探すために視線だけを鋭く巡らせる。
路地裏の入り口。建物の屋根の縁。そして、路地の左右にある木箱の陰。
いつの間にか、俺たちがいるこの空間を囲むようにして、複数の気配が音もなく忍び寄ってきていた。
(野盗? いや……違うな)
周囲に潜む気配の質が、普通のゴロツキとは明らかに異なっていた。
統率が取れていて、足音が全くない。そして何より、彼らが放つ冷たく粘り気のある敵意は、俺に向けられたものではなかった。
その全ての『殺気』のベクトルは、壁際にもたれかかっている『目の前の少女』へと収束していたのだ。
(こいつら、この子を狙ってるのか……!?)
どうやら、状況が急変したらしい。
のんびりと自己紹介をしている場合ではない。
このままここで戦闘になってしまえば、この場所が大通りに近いこともあり、町の人たちを巻き込む大惨事になりかねない。
俺は咄嗟に表情を引き締め、未だに俺への警戒を緩めない彼女の目の前へと一気に距離を詰めた。
「ひっ……!」
急接近した俺を見て、少女が小さく悲鳴を上げ、壁にへばりつくようにして身を竦ませた。
ローブの下で、彼女の手が何かの柄――おそらく護身用の短剣かなにかだろう――を強く握りしめるのが見えた。
俺は彼女の怯えを無視する形で、顔が触れ合いそうなほど至近距離まで顔を近付ける。
そして、周囲の気配に悟られないよう、極めて小さな声で彼女の耳元に囁いた。
「驚かせてごめん。……でも、騒がないで聞いてくれ」
「え……?」
予想外の俺の言葉に、少女が戸惑うように目を見開いた。
「今、俺たちの周りを、怪しい連中が囲んでる。……君、あいつらに心当たりはあるか? 味方ってわけじゃないよな?」
「囲まれて、いる……?」
彼女はハッとして、何かを考えるように視線を微かに動かす。
その瞳に浮かんだのは、俺に対する恐怖ではなく、別の何か――もっと深刻で、根深い絶望の色だった。
どうやらその集団が彼女を保護しに来た『味方』ではないことだけは、その反応から十分に伝わってきた。
「……っ、分かりました。味方では、ありません」
震える声でそう答えた彼女に、俺は1つ頷く。
「よし。なら、少し乱暴するぞ」
「えっ――きゃあっ!?」
俺は彼女を自身の肩へ強引に抱きかかえると、そのまま路地裏のさらに奥、人通りが完全に途絶える方向へと素早く走り出した。
「な、何を……っ! 離してください!」
彼女は驚き、俺の腕の中でジタバタと抵抗を試みる。
ローブの下に隠し持った短剣を抜こうとする気配も、走りながら伝わってくる。
だけど、リリィさんとの特訓に比べれば、この子が多少暴れる程度、小鳥が羽ばたいているようなものだ。
「すまないけど、暴れるないでくれ。ここでドンパチやったら、大通りの人達まで巻き込むだろ」
「ドン、パチ……?」
「戦うってことだよ。人気のないところまで引っ張っていくから、ちょっと我慢してくれ」
俺が冷静にそう告げると、彼女の抵抗がピタリと止まった。
俺が彼女に危害を加えるために無理やり連れ去ろうとしているのではなく、『町の人を巻き込まないため』に場所を移しているのだと理解してくれたらしい。
「……分かり、ました。でも……」
彼女は身体の力を少し抜いて警戒を緩めたものの、ローブの下の短剣から手を離すことはなかった。
俺の正体も、周囲を囲む集団の正体も分からない以上、いつでも自分の身を守れるようにしておくのは当然の判断だ。むしろ、その胆力は立派だと思う。
俺たちはそのまま足早に薄暗い路地を進み――やがて、高いレンガの壁に阻まれた行き止まりへと出た。
「よし、ここなら周りに人はいないな」
俺が足を止め、彼女を肩から降ろしたのと同時だった。
ザッ、ザッ、ザッ……
俺達の背後から、無機質な足音が複数重なって響いてくる。
振り返ると、つい先ほどまで俺たちが歩いてきた路地を塞ぐようにして、五人の男たちが立ち塞がっていた。
全員が、顔の半分までを隠すような深い灰色のローブを身に纏い、手にはギラリと光る歪な形の曲刀を握っている。
その身から発せられるのは、裏路地のゴロツキなどとは比較にならない、訓練された暗殺者のような冷たい殺気だった。
「……追いつかれたか」
俺は小さく息を吐き、少女を背中で庇うようにして、ローブの集団と正面から向き直った。




