第7話:消えた『少女』を探して
「す、すみません! ちょっと通してください!」
俺は活気あふれる大通りの人混みをかき分けながら、あの少女を探して必死に周囲へ視線を巡らせた。
しかし、色とりどりの屋台と大勢の客がひしめき合うこの商店街で、小柄な少女の姿はすでに見失ってしまっていた。
背格好を隠すようなローブを着ていたこともあり、人波に紛れ込まれてしまえば、目で追うのは至難の業だ。
「くそっ、見失ったか……」
足を止め、悔しさに唇を噛む。
あのローブ姿の少女が誰なのか、なぜあんなに怯えていたのかは分からない。
だけど、彼女と触れ合った瞬間に俺の中で起きた『反応』だけは、絶対に気のせいではなかった。
あの時、俺の脳裏に不意に蘇ってきたのは、数週間前のログハウスでの光景だった。
『――ふっ!』
鋭い踏み込みと共に、俺は右手に握った『漆黒の剣』を振り下ろした。
しかし、その一撃はリリィさんが片手で持った木剣によって、まるで小枝でも払うかのようにあっさりと受け流されてしまう。
『はい、そこまで。動きは良くなってるけど、まだまだ剣に「芯」が通ってないね。これじゃ、ただ重い鉄の棒を振り回してるのと同じだよ』
『はぁっ、はぁっ……すみません』
俺は『漆黒の剣』を地面に突き刺し、膝に手をついて荒い息を吐いた。
魔力制御の特訓を経て、俺の中に眠っていた『神器』である『漆黒の剣』は引き出せるようになった。
だけど、いくら念じても、いくら魔力を込めても、あの夢で見た水底に眠る少女が目を覚ます気配は一向になかったのだ。
『リリィさん。俺の、この剣の本体らしき「少女」は本当に目を覚ますんでしょうか。いくら呼んでも、うんともすんとも言わないんですけど……』
切り株に座って水筒の水を飲むリリィさんに、俺はたまらず泣き言をこぼした。
すると彼女は、面白そうに目を細めて笑った。
『焦る気持ちは分かるけどね、ショウト。そもそも、人間と「神器」じゃ、時間感覚が根本から違いすぎるんだよ。人間にとっての数ヶ月が、あの子たちにとっては数分、数秒のまどろみ程度かもしれない。ネボスケさんなら、余計にいつまで時間がかかるか読めないね』
『そんな……じゃあ、何年も待たないといけないってことですか?』
『普通に待っていればね。でも、待っているだけじゃ埒が明かないだろう?』
そういうと、リリィさんは切り株から立ち上がり、俺の胸のあたりをポンポンと軽く叩いた。
『起きるのを待つより、こっちから「起きるキッカケ」を作ってあげる方が手っ取り早いのさ。その子が思わず跳ね起きるような、強烈な刺激や出会いがね』
『強烈な刺激や、出会い……ですか』
あの時に言っていたリリィさんの言葉が、今の状況とピタリと重なった。
あのローブ姿の少女に触れた瞬間の、ビリッとした感覚。
俺の中で眠る『黒髪の少女』が『眩しい』と苛立ったような反応を見せた、あの得体の知れない気配。
彼女こそが、『神器』を目覚めさせるための『キッカケ』に違いない。
「おい、兄ちゃん。串肉はどうするんだい? 焼けてるよ!」
屋台のおじさんが、不思議そうな顔でこちらに声をかけてきた。
「おじさん、ごめん! ちょっと急用ができたからキャンセルで! また後で絶対買いに来るから!」
「お、おう? 慌ただしい坊主だなぁ」
おじさんに平謝りし、俺は人混みの端へと移動して目を閉じた。
ただ目で探しても見つからないのなら、俺の持てる全ての技術を使うしかない。
意識を深く沈め、周囲の音や匂いを遮断する。
『いいかい、ショウト。今日は「魔力探知」について教えるよ』
ある日、定位置である切り株に座ったリリィさんは、スッと指を上に指して話し出す。
『「魔力探知」ですか?』
『そうだよ。魔力っていうのはね、元来、人それぞれ異なる波長を持っているんだ。これは人間だけでなく、私のようなエルフや獣人、野生の動物を含んだすべての生物がそうなんだ』
リリィさんは指先に魔力を集め始める。
その魔力は、俺の身体から発せられる荒々しい熱を持ったような魔力とは違って、水面を揺らす波紋のように、静かな波動を発していた。
『ここからが重要なんだ。この波長が皆それぞれ違うことは理解したね? なら、その波長を感じ取れれば、視界に頼らなくても周囲の動きを把握できるんだ』
そう言って切り株から降りたリリィさんは、準備運動をするように屈伸を始める。
『それじゃ、今から「魔力探知」のやり方を教えるよ。私は今から隠れるから、ちゃんと探し出すんだよ』
『わ、分かりました』
『あ、見つけられなかったら、夕飯のおかずを一つもらうからね』
リリィさんとの過酷な修行で培った『魔力探知』を思い出し、俺を中心に街全体へと薄く、広く展開していく。
『いいかい、まずは体内の「魔力」を薄く、広く周囲に放出していくんだ。この時、変なことを考えていると魔法が出ちゃうから、気を付けてね』
(探せ……どこかにいるはずだ)
『魔力探知』のノイズとなる、街中に溢れる魔道具の微かな光や、一般の人々が持つ薄い魔力反応を一つ一つ弾いていく。
『魔力が周囲に行き渡ったら、魔素とは違う「何か」に気付くかい?』
(違う、これも違う……)
俺が探しているのは、そんなありふれた力じゃない。
先ほど指先で感じた、あの底知れない、魔力とは似て非なる異質なエネルギーの残滓だ。
『その「何か」が、君以外の魔力だよ。まぁ、魔力以外は、また別の感覚がするんだけどね』
(……もっと深く。あの気配を……)
額に汗が滲む。
情報量の多さに脳が焼き切れそうになるのを堪え、探知の範囲を限界まで広めた、その時――
『――ッ!』
(見つけた…!)
屋台が並ぶ大通りの喧騒から少し離れた、入り組んだ路地裏の奥深く。
そこから、他の何とも違う、強烈で特別な反応が1つだけポツンと存在感を放っているのを感じ取った。
「そこか……!」
俺はカッと目を開き、探知した方角へと身体の向きを変えた。
相手は、なぜか俺をひどく恐れ、絶望したような顔で逃げていった謎の少女だ。
俺が追いかければ、また怯えさせてしまうかもしれない。
それでも、俺はあのキッカケを逃すわけにはいかなかった。
それに、あの路地裏の奥から感じるのは、彼女の気配だけではなかった。
(なんだか嫌な予感がする……)
「頼むから、待っていてくれよ……!」
俺は魔力で軽く身体強化を施すと、人波を縫うようにして、探し人がいるであろう路地裏へと一気に駆け出していった。




