第20話:新たな地獄と、約束の報酬
指先に灯った、小さな小さなマッチを灯したような火。
あの灼熱の奔流を撒き散らしていた俺が、自分の意思で完璧に魔力を制御できるように極限の『手加減』を目指した修行がついに実を結んだ翌朝のこと。
「よしっ、今日も暴発なし!」
ログハウスの裏庭で、俺は朝の冷たい空気の中で右手に魔力を集め、チロチロと燃える小さな炎を作り出していた。
以前ならここで炎が膨張し、耳を劈くような爆発音とともに森の木々が消し飛んでいたところだが、今の俺は完全に手のひらの炎をコントロールできている。
「おはよう、ショウト。朝から熱心だね」
「あ、リリィさん! おはようございます。見てください、これならもうクレスさんの淹れてくれた紅茶を蒸発させずに済みそうです」
俺が自信満々に指先の炎を見せると、テラスからあくびをしながら降りてきたリリィさんは、満足そうにコクリと頷いた。
朝の光を受けてサラサラと輝く白銀の長髪と、新緑のような翡翠の瞳。
相変わらず見とれるほど整った容姿だが、その手には全く似つかわしくない『なにか』が握られていた。
「うんうん。魔法の制御は完全に君のものになったね。これでひとまず、魔力操作と魔法の『基礎訓練』は合格だ」
「本当ですか! やった……!」
「と、いうわけで……」
リリィさんは手に持っていた『なにか』を、俺の目の前へと放り投げた。
ドサッ、と重い音を立てて足元に落ちたのは、使い込まれた頑丈そうな2本の『木剣』だった。
「今日からは魔法の修行はお休み。ここからは『剣術と体術』の修行を始めるよ」
「け、剣術、ですか」
「当たり前じゃないか。君の身体に宿っていた力は『剣』の形をしていたんだ。いくら魔法が使えるようになっても、なんら関係ない。あの『剣』を振るう技術がなければ、せっかくの『力』も宝の持ち腐れだよ」
リリィさんは落ちていた木剣の1本を足の甲で器用に跳ね上げると、片手で軽く素振りをしてみせた。
ヒュッ!という、ただの木剣とは思えない鋭く重い風切り音が鳴る。
小柄な彼女のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほどの威圧感だった。
「それに、いくら出力を抑えられるようになったとはいえ、君の魔法は一歩間違えれば大惨事を引き起こしかねない大火力だ。乱戦や街中じゃ使い勝手が悪すぎる。だからこそ、魔法に頼らない純粋な物理戦闘力――剣の技術と身体強化を組み合わせた戦い方を身につける必要があるんだ」
「なるほど……確かにまだまだ咄嗟の制御には自信がないですけど……、まぁ、剣もまともに振れないんじゃ、あの黒い剣もただの重い鉄の棒ですもんね」
俺はリリィさんの言葉に苦笑しながら足元の木剣を拾い上げ、軽く握り込んでみた。
元の世界では剣道すらやったことがない素人だ。だけど、不思議と嫌な予感はしなかった。
むしろ、あの『剣』を召喚した時の手のひらに馴染むような感覚が、俺の心の奥底で『早く剣を振りたい』と何かが疼いているような気すらする。
「でも、覚悟しておきなよ。私の剣術修行は、これまでの魔法の修行より遥かにキツいからね。魔力切れじゃなく、純粋な筋肉痛と骨折で血を吐くことになるかもしれないよ?」
「こ、骨折!?」
ニヤリと笑うリリィさんの言葉に、俺は思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
ここ数週間の特訓で、彼女がどれほど信じられないくらいに強いバケモノ(褒め言葉)かは嫌というほど思い知っている。
俺が暴発させた、あの灼熱の奔流を指先1つで平然とかき消してきたのだ。
その彼女が「キツい」と断言する剣術の修行。想像するだけで全身の筋肉が悲鳴を上げそうだった。
「……なんだ、ビビってるのかい?」
「いや、ビビりますよ! リリィさんの手加減って、基準がおかしいんですから!」
「あはは、違いない。でもまあ、ただ痛めつけるだけじゃモチベーションも上がらないよね」
そう言って、リリィさんは顎に手を当てて少し考えると、ポンッと手を叩いた。
「よし、じゃあ1つ約束をしようか。これから始まる私の修行。もし君が音を上げず、最後まで私に着いてこられたら……ご褒美として、私が独自に編み出した戦闘術の『奥義』を、全て君の前で披露してあげよう」
「全ての、奥義……!!」
「あ、勘違いしないでね。手取り足取り教える気はないよ。私が見せる奥義の動きを、君の目で盗んで、それを自分のものにできるかどうかは君の努力とセンス次第だ」
リリィさんのその言葉に、俺の胸が大きく跳ねた。
底知れない強さを持つリリィさんが放つ、独自に編み出したという『奥義』の全て。
それを目の前で直接見られるというのだ。男の子なら、そんなものを提示されて興奮しないわけがない。
「やります! 絶対に全部盗んでみせますよ!」
俺が両手で木剣を構え、やる気に満ちた顔で宣言すると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「いい返事だ。それじゃあ、さっそく始めようか」
「はいっ、よろしくお願いします、師匠!」
「ショウト様。救急箱と、骨接ぎの添え木、処置用のベッド。そして疲労回復特化のポーションを樽で用意しておきました」
「クレスさん!? 樽って、いくらなんでも準備がガチすぎませんか!?」
いつの間にかテラスに立っていたクレスさんが、恐ろしい量の薬や包帯を並べながら淡々と告げる。
背筋が凍るようなサポート体制だが、今の俺にはそれすらも心地よい緊張感に変わっていた。
未知の異世界に落ちてきて、自分の内に眠る爆弾のような力に怯えていた日々はもう終わった。
今の俺には、信じられないくらいに強くてマイペースな師匠と、完璧なサポートをしてくれるメイドさんがいる。
開かれた未知の世界の中で、まずはこの場所で強くなる。明確な目標が、俺の手の中にはあった。
(見てろよ。お前の力に振り回されるだけの俺はもう卒業だ。お前の力を完璧に扱えるよう……絶対に強くなってやる)
身体の奥底で、静かに眠っている『黒髪の少女』の気配を感じながら、俺は木剣の柄を強く握り直した。
「さあ、いくよショウト! まずは私の動きを見切ってみなさい!」
「はいっ!!」
澄み渡る異世界の青空の下。
木剣の打ち合う乾いた音が、新しい修行の開始を告げるように、高らかに響き渡った。
こうして、俺が『異世界』で生きていくための、本当の修行はここから幕を開けるのだ。
【序章:心に眠る炎・完】
――異世界へと突如呼び出されたショウト
――彼はリリストーラの力を借り、着々と異世界を生きる術を身に着けていく
――修行を終えた彼が、『外の世界』でなにを知り、どう生きるのか
――第1章『月華の誓い』
「お嬢様、こちらに。お手を離さないでくださいませ。」
「待って、アンナ! やっぱり、私……」
※これにて序章は終わりとなります。第1章からは月、水、金、日の21時に投稿いたします。




