第17話:『魔法』の基本と『魔力適性』
夢のおかげで汗だくになっていた俺は、慌てて身支度を整えて食堂へと向かった。
食堂に入ると、既に朝食を取り終えたリリィさんが、クレスさんが淹れてくれたのだろうお茶を飲みながら、足をプラプラと揺らして椅子に座っていた。
「おはよぉ、ショウト。昨日はよく眠れたかい?」
「おはおうございます。いや、それが変な夢を見たみたいで……」
リリィさんと他愛もない話をしながら、クレスさんが用意してくれた朝食を食べ終え、いよいよ始まる本格的な『魔法』の訓練に胸を躍らせながら、いつもの訓練場に立っていた。
昨夜の夢……水底で丸くなって眠る、あの黒髪の少女のことは気にかかったが、今は目の前の修行に集中するべきだ。
「さて、ショウト。魔力操作も魔素の知覚もできるようになった君に、今日からはいよいよ具体的な『魔法』について教えよう」
定位置になりつつある切り株の上に立ったリリィさんが、エヘンと胸を張って得意気に宣言する。
その後ろでは、クレスさんがリリィさんに日傘を差しながら静かに見守っていた。
「『魔法』を発動させるために必要なものは、大きく分けて2つ。『明確なイメージ』と、自分の『魔力適性』だ」
「イメージと、適性……」
「そう。どれだけ魔力という『道具』と魔素という『粘土』があっても、それをどう加工してどんな形にするかという『設計図』がなければ、『魔法』はただ魔力を霧散させて終わってしまうからね」
そう言ってリリィさんは右手をスッと前に出すと、何も無い空間にポコッと透明な水球を作り出した。
続いて、その水球が崩れ手のひらに水滴を残すと、今度は手のひらの水滴を巻き込むように小さなつむじ風が踊る。
「例えば水を出すなら、『冷たさ』や『流れる感覚』を。風なら『空気の動き』を。より具体的で鮮明なイメージを持てば持つほど、『魔法』は強力になるんだ。……まあ、私は複雑なイメージとか構築が死ぬほどに嫌いだから、こういう単純なものしか使わないんだけどね!」
これから『魔法』を習う弟子の前で、胸を張って堂々と『魔法は面倒くさい』アピールをするエルフ。
俺の中にある、ファンタジーの常識がまた1つ崩れ去る音がしたが、今はツッコまないでおく。
「そしてもう1つ重要なのが『魔力適性』だ。……人にはそれぞれ生まれ持った属性の偏りがある。適性のない属性は、いくらイメージしても形になりにくいんだ」
「なるほど。まずは俺がどの属性に向いてるかを知る必要があるんですね」
「その通り! というわけで、早速ショウトの適性検査を始めよう!」
リリィさんは嬉々とした顔で、丸太から降りて俺の前に立った。
「本当は属性には3つの系統があって、そこから更に細かく属性が分かれるんだけど……ここは1番イメージしやすい系統の『基本属性』から、万が一失敗しても怪我の心配が少ない『水』を試してみよう。手のひらの上に、コップ1杯分の冷たい水を思い浮かべて、魔力を魔素と結びつけるんだ」
「分かりました。コップ1杯分の水、ですね」
俺は右手を前に突き出し、魔力を操作するため静かに目を閉じた。
涼しげで、清らかな水。コップの中でちゃぷんと揺れる、冷たい液体の感覚を脳内に思い描く。
胸の奥から魔力を引き出し、腕を通して手のひらへ。そして、先日ようやく知覚できるようになった『魔素』へと、その力を慎重に接続していく。
(……いける。魔力と魔素が、ちゃんと結びついてるのが分かる!)
俺の完璧なイメージに呼応して、空間の『魔素』が『魔力』に呼応するかのように、手のひらの上へと集束していくのを感じる。
(さあ、出ろ! 清らかな水!)
「…………あれ?」
何か違和感を感じた俺は、恐る恐る目を開けると、目の前の光景に思わず間の抜けた声を漏らした。
俺の手のひらの上には、水球はおろか、水滴1つ、湿気すら発生していなかった。
集めたはずの魔力は、空中で霧のようにシュウゥゥと音もなく散ってしまっている。
「うーん? イメージが弱かったのかな。じゃあ次は『風』をやってみよう。さっき見せたみたいな、そよ風でいいよ」
「は、はい! そよ風……!」
俺は再び目を閉じ、肌を撫でる心地よい風を全力で念じた。
魔力と魔素を結びつける感覚はバッチリだ。今度こそ!
「…………」
無風である。
俺の手のひらの上は、完全なる凪の空間だった。
「えっと……じゃあ『地』! 足元の土が少し盛り上がるイメージで!」
「土! 土よ動けぇっ!!」
俺は地面を睨みつけながら足元へと魔力を放出した。
しかし、俺の熱意に反して足元の土は微動だにしなかった。
「…………」
「…………」
うんともすんとも言わない結果に、訓練場に気まずい沈黙が降りた。
リリィさんは顎に手を当てて俺の周りをぐるぐると歩き回り、クレスさんは眼鏡を中指でクイッと押し上げる。
「あの、リ、リリィさん……? もしかして、俺、やり方間違えてますか?」
「いや、魔力の操作も魔素との接続も完璧だったよ。……ただ、ね」
リリィさんは困ったように眉尻を下げ、苦笑いした。
「ショウト。君の『水』や『風』、『地』に対する『適性』が完全に『ゼロ』だ」
「ぜ、ゼロ!?」
「うん。普通、どんなに苦手な属性でも、魔力を込めれば『水滴』なり『そよ風』くらいは出るものなんだけど……君の場合、魔力がその属性に変換されること自体を強烈に拒絶しているみたいだ」
俺の脳裏に、身体の奥底に眠るあの『熱の塊』……漆黒の剣と、夢で見た黒い髪の少女の姿がよぎった。
「適性が皆無ってことは……俺、魔法は一切使えないってことですか?」
肩を落とす俺の前で、リリィさんは「いやいや」と首を横に振った。
「落ち込むのはまだ早いよ。『水』も『風』も『地』もダメだったってことは、今すぐ適性を見れる属性は1つしかない」
リリィさんの翡翠の瞳が、面白そうなものを見つけた子供のようにキラリと輝いた。
「さあ、ショウト。次は『火』を試してみよう。君の髪や瞳のイメージにぴったりな属性だ。さっきの3属性に適性がなかったんだ、『火』に適性が偏っている可能性が高いよ、うん。……まずは安全に、マッチ棒の先くらいの小さな火をイメージしてごらん」
「マッチの火……ですね。分かりました」
他の属性が全く発動しなかったことで、俺の緊張感はすっかり抜けていた。
いくら俺の『魔力適性』が『火』に偏っている可能性があるとはいえ、イメージするのは、あの小さなマッチの火だ。
水滴すら出せなかった俺が、いきなり危険な暴発を起こすはずがない。
俺は気軽な気持ちで右手を突き出し、「シュボッ」と燃える小さな赤い火をイメージしながら、魔力を外へと解放した。




