第14話:内なる力との『同調』と、その代償
リリィさんから指導方針の変更を聞いた翌朝。訓練場には、昨日までの停滞した空気は微塵もなかった。
ピンと張り詰めた初夏の空気の中、俺はあぐらをかいて目を閉じ、深く静かに呼吸を繰り返す。
「いいかい、ショウト。今日は外のこと、『魔素』のことは一切忘れるんだ。君の意識の全てを、内側にあるあの『熱の塊』へ向けるんだよ」
リリィさんの声が、すぐ傍から聞こえる。
その声にはいつものおどけた響きはなく、ただ真っ直ぐな信頼だけが込められていた。
「怖くなっても、絶対に逃げちゃダメだ。あれは君を焼き尽くす炎じゃない。君自身の力だと思い込むんだ。……さあ、いっておいで」
俺は大きく頷き、意識のピントを自らの内側、身体の奥深くへと向けていった。
(……あった)
心臓より更に下にある、へそのあたり。『丹田』と呼ばれる場所で圧倒的な存在感を放ちながら脈打つ、高密度なエネルギーの源。
以前触れた時は、まるで溶鉱炉の中に素手を突っ込んだかのような激痛に襲われ、弾かれたように逃げ出してしまった。
だけど、今日は違う。俺は覚悟を決め、その燃え盛る熱の中心へと、自ら意識を飛び込ませた。
『――――ッ!!』
触れた瞬間、前回以上の凄まじい熱量が爆発的に俺の全身を駆け巡った。
「ぐっ、がぁぁぁっ……!」
血が沸騰し、細胞が焼き切れるような灼熱の感覚。
あまりの激痛に、閉じた目の奥で火花が散り、無意識に悲鳴が喉を突いて出そうになる。
逃げ出したい。今すぐ集中を切って、この拷問のような熱から解放されたい。
生存本能がけたたましく警鐘を鳴らす中、俺は歯を食いしばり、必死に意識を繋ぎ止めた。
(逃げるな……! これは、俺の力だ……俺の一部なんだ!)
ただの高校生だった俺が、この異世界で生き抜くために。
そして何より、見ず知らずの俺を助け、ここまで親身に育ててくれたリリィさんとクレスさんの期待に応えるために。
(俺は諦めない。絶対に、ここで折れるわけにはいかない!)
「うおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
燃え盛る激痛の中で、俺はその『熱の塊』を抱きしめるように、自らの意思でさらに深く集中して意識を向けた。
『熱の塊』を敵として拒絶するのではなく、自分自身の一部として受け入れる。
俺の『本気』と、諦めない『意志』を、その正体不明のエネルギーへと真っ直ぐにぶつけたのだ。
すると――――
『……』
ふと、身体の中で燃え盛っていた熱の暴威が、嘘のようにピタリと止んだ。
いや、消えたのではない。熱量自体は先程と変わらずそこにあるのに、あの焼き尽くされるような『痛み』だけが、すっと引いていったのだ。
(なんだ……熱く、ない……?)
恐る恐る『熱の塊』に意識を向けると、そこにはもう荒れ狂う炎の姿はなかった。
代わりに俺を包み込んでいたのは、まるで陽の光をたっぷり吸い込んだ毛布のような、深く、優しく、そして力強い『温もり』と『安心感』だった。
自分の中にある、得体の知れない力だと思っていた『熱の塊』が、今はただ俺という存在を根底から肯定し、寄り添ってくれているように感じる。
身体の中淀んでいた『魔力』の流れが、堰を切ったように全身の隅々までスムーズに循環し始めた。
「……はぁっ」
俺はゆっくりと目を開け、緊張と不安を振り払うように大きく息を吐き出した。
体中にみなぎる、これまでとは比べ物にならないほどの圧倒的な『力』の奔流。
苦しい修行の末に、ついに俺は自分の中の『壁』を打ち破ったのだ。
「リリィさん、クレスさん! やりました! 俺、あの『熱の塊』を――」
歓喜の声を上げながら2人を振り返った俺は、言葉を失った。
リリィさんとクレスさんが、俺を見たまま、まるで信じられないものでも見るかのように完全に固まっていたからだ。
「……えっと、どうしたんですか、二人とも。そんな幽霊でも見たような顔して」
「ショウト……君、その姿……」
リリィさんが震える指先で、俺の顔を指差した。
何がおかしいのだろう。俺は自分の体をペタペタと触ってみたが、特に火傷の跡などもなく、服が焦げているわけでもない。
「クレス、鏡を」
「……はい」
クレスさんがどこからともなく手鏡を取り出し、無言のまま俺の目の前に差し出した。
そこに映った自分の顔を見て、俺は「えっ」と間の抜けた声を漏らした。
「……嘘、だろ」
鏡の中に写っているのは、確かに見覚えのある俺自身の顔だった。
だが、元々は真っ黒だったはずの髪は、まるで燃え盛る炎のような『鮮やかな赤色』へと変貌していた。
そして、見開かれた瞳の虹彩までもが、吸い込まれるような『真紅』に染まり上がり、内側から微かな光を放っているようにすら見える。
「髪が……目が、赤い……? え、なんで……俺、どうなっちゃったんですか!?」
「……落ち着くんだ、ショウト」
パニックになりかける俺の肩を、リリィさんが力強く掴んだ。
その翡翠の瞳には、驚きとともに、ある種の『確信』めいた強い光が宿っていた。
「ショウト。君の中にある『熱の塊』……その『力』に認められ、同調した証だ。君の体は今、その強大な力に耐えうる器へと造り変わったんだよ」
赤く染まった己の姿を鏡で見つめながら、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
俺の中で眠っていた、この理外の力の正体。
それは、ただの『魔法』の修行などという枠に収まるような、生半可なものではないことだけは確かだった。




