暁の接吻、解かれた牙
激闘の余韻が残る三条通を避け、凱夜は裏路地の屋根を神速で駆け抜け、島原の隠れ家へと戻った。
座敷では、夕霧が横たわるお凛に寄り添い、その額を濡れ手拭いで拭っている。お凛の顔色は、先ほどまでの死人のような青白さが嘘のように、生命力に満ちた赤みが差し始めていた。
「戻ったわね、凱夜。……その子たちの寝顔を見れば、首尾は聞くまでもないかしら」
夕霧が艶然と微笑む。凱夜は抱えていた二匹の妹猫を、お凛の隣にそっと寝かせた。
「ああ、道魄のクソ野郎が仕掛けた呪いの糸口は、まとめてブチ切ってきてやった。……お凛はどうだ?」
「貴方が地下で呪鎖を断った瞬間、この子の背中の呪具も砕け散ったわ。今はただ、深い眠りの中にいるだけ。……でも、夢の中で貴方を追いかけているみたいよ」
夕霧の言葉通り、お凛はうなされるように小さく声を漏らし、無意識に凱夜の着物の裾を掴んだ。その拍子に、彼女の二股に分かれた尾が力なく揺れる。
「……ん……あ、あぁ……凱夜……様……」
ゆっくりとお凛の瞼が開く。金色の瞳はまだ焦点が定まっていないが、目の前に立つ凱夜の姿を捉えた瞬間、大粒の涙が溢れ出した。
「妹……たちは……? 私、みんなを……」
「安心しな。お前の横で、マヌケな寝顔を晒してるぜ」
お凛は震える手で隣を確認し、妹たちの温かい体温を感じると、声を上げて泣き崩れた。
凱夜はその細い肩を、荒々しく、しかし壊れ物を扱うような優しさで引き寄せ、己の胸に抱きとめた。
「もういい。復讐も、呪いも、全部あの地下に捨ててきた。……これからは、俺がてめえを縛ってやる」
お凛は凱夜の胸に顔を埋め、彼の肌に刻まれた戦いの傷跡と、圧倒的な雄の匂いに酔いしれる。恐怖に震えていた猫の牙が、今は情愛を込めて、凱夜の肩に甘く立てられた。
「……はい。……私を、貴方の、飼い猫にして……。もう、独りは嫌……」
凱夜はお凛の顎を強引に持ち上げると、逃げ場を塞ぐように深く、熱い接吻を交わした。
それは主従の契約であり、魂の救済の儀式。
緋糸が静かに障子を閉め、夕霧が灯火を落とす。
「ふふ……。今夜は賑やかになりそうね」
夕霧の囁きと共に、闇の中で四つの影が重なり合う。
緋糸の銀糸が寝床を飾り、お凛の熱い吐息が凱夜の肌を焦がす。
翌朝。
池田屋の惨状を検分していた土方歳三は、地下室で奇妙なものを見つけた。
完全に切断された呪術の痕跡。そして、そこには新選組の刀傷とは明らかに違う、鋭利すぎて「空間そのものが断たれた」ような一筋の断絶があった。
「……ふん。相変わらず、後片付けの汚い男だ」
土方は煙管の灰を落とし、空を見上げた。
京の街を焼き尽くすはずだった火は、一人の不遜な陰陽師の手によって、ただの「愛の熱」へと変えられたのだ。
「凱夜様……。次は、どこへ行かれるのですか?」
目覚めたお凛が、凱夜の腕の中で甘えるように問いかける。
凱夜は新しい煙草に火をつけ、遠い空を見つめた。
「道魄の野郎、次は御所あたりを狙いやがるだろうな。……あいつの首を獲るまで、俺の神速は止まらねえぜ」
新たな家族を迎え、凱夜の「妖怪ハーレム」はより色濃く、より華やかに、幕末の闇を照らしていく。




