三条小橋の追跡、蜘蛛との連携
六月五日。蒸し暑さが最高潮に達した京の宵、街の熱気は「殺意」へと形を変えていた。
三条小橋付近。新選組の隊士たちが闇に紛れて潜伏先を絞り込む中、凱夜はさらに深い、次元の「淀み」を追いかけていた。
「凱夜様、あちらです。……風の中に、焦げた毛並みと、どろりとした呪力の匂いが混じっています」
背後を影のように追う緋糸が、指先から放った極細の銀糸を道標に指し示す。彼女の糸は、大気中に残留する「魔の痕跡」を敏感に捉えていた。
「……池田屋、か。表はトシたちが今にも踏み込もうって空気だが、地下はさらに酷いな」
凱夜が目を細めると、池田屋の建物全体が、どす黒い霊気によって幾重にも「繭」のように包まれているのが見えた。芦屋道魄が施した、結界術だ。
表で新選組が志士たちを切り捨てれば、その瞬間に爆発する「負の感情」がこの繭に蓄積され、地下に幽閉された猫又たちを起爆剤として、京の都へ業火を解き放つ。
「さて、その前に『門番』のお相手をしてやるか」
凱夜の前に、三人の男たちが立ち塞がった。
身なりは浪士だが、その瞳は白濁し、肌には赤黒い血管が浮き出ている。道魄が「異国の薬」と呪術で強化した、生ける屍――暗殺者たちだ。
「……ア、アァ……殺ス……」
男たちが刀を抜くと同時に、その身から紅蓮の炎が噴き出した。彼ら自身もまた、小さな火種として調整されている。
「緋糸、そいつらを逃がすな。一匹でも表に逃がせば、街が火の海だぜ」
「御心のままに。……逃がしません。一本の毛も」
緋糸の瞳が藍色に輝き、瞬時に周囲の路地を銀糸の迷宮へと変えた。
襲い来る炎の暗殺者たちに対し、彼女の糸が複雑な結界を形成する。炎が糸を焼き切るよりも早く、新たな糸が紡がれ、男たちの手足を絡め取っていく。
「邪魔だ。どきな」
銀糸の檻の中で身動きを封じられた暗殺者たちの中心を、凱夜が「神速」で駆け抜ける。
抜刀するまでもない。凱夜はすれ違いざま、鞘に収めたままの刀で、男たちの胸にある「術の核」を的確に粉砕した。
「ガ、は……っ!?」
「悪いが、俺の神速は火傷するほど熱いぜ?」
男たちが灰となって霧散する間に、凱夜は池田屋の裏手に回った。
そこには、一般の者には見えない、地下へと続く「歪んだ扉」が口を開けている。
「……凱夜様、ここから先は私が。糸を張り、爆発の余波を抑えます」
「ああ、頼んだぜ。……お凛の妹たちを、あんなジジイのオモチャにさせとくわけにはいかねえからな」
凱夜は扉を蹴り破り、地下へと続く階段を駆け下りた。
階上からは、激しい怒号と、新選組の抜刀の音が響き始める。
池田屋事件の幕が、上がった。
地下の最奥。
そこには、巨大な五芒星の陣の中心で、檻に閉じ込められた二匹の子猫――お凛の妹たちが、苦しげに鳴き声を上げていた。
その前で、黒い扇を揺らしながら凱夜を待っていたのは、芦屋道魄である。
「ようこそ、凱夜。……まもなく、階上の熱狂が最高潮に達する。その時、この子らから生まれる火車が、京の夜を美しく彩るだろう」
「その彩りに、てめえの血を混ぜてやるよ。道魄」
凱夜の霊圧が、地下室の空気を物理的に押し潰す。
運命の刻限は、刻一刻と迫っていた。




