廃刀令の影、消えゆく魂
東京の街には、人力車が行き交い、煉瓦造りの建物が競うように建ち始めていた。
「散髪脱刀令」から一年。街ゆく男たちの腰から刀が消え、髷を落とした姿が当たり前になりつつある。
凱夜は、漆黒の刀を古い布で幾重にも包み、女たちが用意した隠れ家の奥深くに封印していた。
「……変な感じだね。凱夜が刀を持ってないなんて」
お凛が、慣れない手つきでコーヒーという苦い飲み物を啜りながら呟く。彼女は今日、新しい時代の流行である「リボン」を髪に結んでいた。
「時代の流れだ。今はもう、腰に鉄の棒をぶら下げて歩く奴は『野蛮』だとよ」
凱夜は苦笑しながら、窓の外を見つめる。
だが、その黄金の瞳は、ガス灯が照らす華やかな街の裏側に澱む「黒い霧」を捉えていた。
刀という「抑止力」が消え、人々が急速な変化に精神を摩耗させる中、かつての戦死者の未練や、切り捨てられた古い価値観が混ざり合い、正体不明の怪異が生まれ始めていたのだ。
その夜、事件は起きた。
上野の不忍池近くで、新政府の役人が「見えない刃」によって次々と斬り伏せられるという怪死事件が頻発。怨霊の仕業と踏んだ警視庁の密偵が動くも、霊的な防備を持たない彼らは返り討ちに遭っていた。
「凱夜様、あれは……ただの未練ではございませんわ」
夕霧が静かに告げる。彼女の九つの尾が、不穏な霊気を察知して逆立っていた。
凱夜は立ち上がり、封印していた漆黒の刀に手をかけようとして――止めた。
「……刀は使わねえ。今はもう、刃で解決する時代じゃねえんだ」
凱夜は懐から数枚の呪符を取り出し、指先で霊を練り上げる。
「いくぞ。土御門の術だけで、あの迷い子たちを浄化してやる。……死神の仕事は終わったが、陰陽師の仕事はまだ残ってるらしい」
現場に現れたのは、かつての上野戦争で散った彰義隊の亡霊たちだった。彼らは「自分たちが何のために死んだのか」を見失い、文明化していく東京への憎悪だけで形を保っていた。
「――土御門流・浄霊結界ッ!!」
凱夜の咆哮とともに、黄金の術式が夜空に展開される。
斬るのではなく、包み込む。
力でねじ伏せるのではなく、その無念を解き放つ。
白雪の冷気が亡霊たちの昂ぶりを鎮め、夕霧の狐火が彼らの往く道を照らす。緋糸の銀糸が怨念の繋がりを優しく断ち切り、阿と吽が彼らの魂を彼岸へと導いた。
「……トシ。お前の言った『新しい日本』は、まだ少しばかり不安定だぜ」
亡霊たちが光となって消えていく中、凱夜は夜空を見上げて独りごちた。
刀を捨て、術を振るう。
それは凱夜にとって、武士としての過去と決別し、この新時代で女たちと共に生きていくための「新しい戦い方」の証明でもあった。




