因縁の終止符、灰雪の消散
「死ねッ! 時代の残滓共がぁ!!」
道魄の絶叫とともに、山頂を埋め尽くす黒い泥が巨大な津波となって迫る。それは触れた者の魂を腐らせ、永劫の苦しみへと引きずり込む怨念の塊。
「……お前ら、俺に捕まってろ。一人も離さねえぞ!」
凱夜が地を蹴り、女たちの中心へと踏み込んだ。左腕で夕霧とお凛を抱き寄せ、背後には白雪と緋糸を、足元には阿と吽を従える。凱夜は腰を深く落とし、鞘に収めた漆黒の刀の柄に手をかけた。
女たちが注ぎ込む膨大な霊力が、凱夜の肉体を通じて刀身へと凝縮されていく。夕霧の紅蓮、白雪の氷結、お凛の青炎、緋糸の銀光、阿吽の漆黒。六つの魂が混ざり合い、臨界点を超えた霊圧が鞘の中で鳴動を上げた。
「くかか……あばよ、ジジイ。トシの場所へ行くには、お前は少しばかり汚れすぎだ」
凱夜は黄金の瞳を限界まで見開き、道魄の核へと狙いを定めた。もはや余計な言葉はいらない。
「――土御門流神速抜刀・伍ノ型:極ッ!!」
刹那、夜を切り裂く一閃。
咆哮とともに放たれた抜刀は、黄金の閃光となって道魄の怨念を真っ向から両断した。それは肉体を斬るに留まらず、この地に張り巡らされた呪いの理そのものを消滅させる、陰陽師・凱夜の究極の術理。
「ぐ、あああああッ!? 馬鹿な……私の……私の積み上げてきた怨念が……一介の陰陽師ごときに……ッ!!」
光に焼かれ、霧散していく道魄。その醜悪な顔が、崩壊の最中で一瞬だけ恐怖に歪んだ。
「一介の陰陽師じゃねえよ。……俺は、この最高の女たちの愛を背負った男だ。地獄への土産に覚えておきな、ジジイ」
凱夜の冷徹な宣告とともに、道魄の存在は跡形もなく消滅した。
山頂を覆っていた黒い霧が晴れ、代わりに空から降ってきたのは、呪いの灰ではなく、浄化された真っ白な雪であった。
「……終わったのか」
凱夜が刀を鞘に収めると、限界まで霊力を貸し与え、膝をつく女たちを一人ずつ力強く抱き起こした。全員が憔悴しているが、その表情にはかつてないほどの充足感と、主と共に生き残った歓喜が溢れていた。
凱夜は山頂の端まで歩み、炎上する箱館の街を見下ろした。
一本木関門の方角は、今は静まり返っている。
そこにはもう、共に酒を酌み交わした友・土方歳三はいない。だが、道魄という楔を引き抜いたことで、あいつが命を懸けて守ろうとしたこの大地は、これ以上の汚濁を免れたのだ。
「凱夜様……見てくださいまし。夜が、明けますわ」
夕霧が凱夜の腕に縋り付き、東の空を指差す。
津軽海峡の向こう側から、薄紫色の朝陽が差し込み、雪の残る箱館の街を静かに照らし始めた。
「……ああ。トシ、見てるか。……お前の死に場所は、俺たちが守り抜いてやったぜ」
凱夜は女たちの温もりを感じながら、昇る朝陽に向かって静かに目を閉じた。
武士の時代が終わり、怨霊の企みが潰えた。
箱館山に降る雪は、まるで去り行く友への手向けのように、凱夜の肩へ優しく積もっていった。




