怨霊の狂気、箱館山頂の対峙
箱館山の頂に辿り着いた凱夜たちの前に広がっていたのは、悪夢のような光景であった。
大地はひび割れ、そこからどろりとした黒い泥のような霊気が噴き出している。中央には、巨大な肉塊と化した道魄が、無数の戦死者たちの顔をその身に浮かべ、醜悪な咆哮を上げていた。
「くかかか! 来たか、凱夜! 見ろ、この箱館に満ちる死の香りを! 土方が死に、榎本らが絶望に沈む今、この地は極上の苗床となった!」
道魄の身体から伸びた無数の触手が、凱夜たちを包囲するように蠢く。その一本一本が、死者の呪詛を孕んだ鋭い刃と化していた。
「……喋るなと言ったはずだぜ、ジジイ。その汚ねえ声が、トシの眠りを妨げるんだよ」
凱夜は一歩、また一歩と、地を這うような霊圧を放ちながら歩を進める。彼の歩む跡には、怒りの熱量によって大地が赤く焼けていた。
「強がりを! 貴様も、その傍らに侍る女たちも、所詮は時代の濁流に呑まれる塵に過ぎぬ。愛だの絆だのという幻に縋り、共に朽ち果てるがいい!」
道魄が杖を振るうと、黒い泥が波となって押し寄せ、夕霧たちの精神を直接侵食しにかかった。女たちの脳裏に、土方の無惨な遺体と、次に凱夜が倒れる光景が強制的に流れ込む。
「……凱夜様……あの方まで、いなくなってしまうなんて……」
白雪の氷が、不安に揺れてひび割れる。お凛もまた、かつてない強大な「負」の力に足が止まりかけた。だが、その瞬間に響いたのは、凱夜の傲岸不遜な笑い声だった。
「くかか! 幻だと? ……おい、お前ら。俺を誰だと思ってる」
凱夜は背後の女たちを振り返ることなく、その強大な背中で全ての呪風を撥ね退けた。
「俺は死神だ。そしてお前たちは、その死神に愛され、命を分かち合った特別な女たちだろ。……あいつが命を賭けて守ろうとしたこの景色を、こんな腐った泥に譲ってやるほど、お前たちは安っぽい女なのか?」
その言葉は、女たちの魂の芯を直に叩いた。
凱夜から流れ込む圧倒的な肯定感と、逆巻くような情愛の熱。それが毒々しい呪詛を瞬時に焼き払い、彼女たちの瞳に再び熾烈な光を灯す。
「……失礼いたしました。わたくしたちの主は、あなた様ただお一人。あのような醜悪な言葉、聞く耳など持っておりませんでしたわ」
夕霧が九つの尾を扇状に広げ、紅蓮の狐火を最大級にまで膨れ上がらせる。
「そうだよ。凱夜が笑ってるなら、あたしたちが負けるわけないもんね!」
お凛の鬼火が弾け、白雪は静かに、だが絶対的な冷気を纏って立ち上がった。
「道魄……お前の『永遠』なんて、俺の女たちの一瞬の煌めきにも及ばねえよ」
凱夜が漆黒の刀を正眼に構えると、黄金の瞳が夜の箱館山を昼間のように照らし出した。その背後には、彼を支え、彼と共に地獄まで歩むことを誓った六人の修羅たちが、最高の殺気を帯びて並び立つ。
「今までに積み上げてきたこの熱……。お前のその薄汚ねえ肉塊ごと、跡形もなく消し飛ばしてやるぜ!」
凱夜の咆合とともに、ついに最終決戦の火蓋が切られた。




