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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第十一章:箱館燃ゆ、武士の魂と怨霊の終焉
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一本木関門、死神の予感

 明治二年五月十一日、未明。

 箱館の夜空は、不気味なほど鮮やかな朱色に染まっていた。それは黎明の訪れではなく、新政府軍の総攻撃によって街のあちこちから上がる、猛火の照り返しであった。

 五稜郭の馬場。冷え切った空気の中に、軍馬の嘶きと、軍靴が土を蹴る音が慌ただしく響く。


「……行くのか、トシ」

 漆黒の羽織を風になびかせ、凱夜は腕を組んでその男を見ていた。

 土方歳三。

 その背中には、もはや夕霧たちの狐火でも、凱夜の強烈な生命力でも拭い去ることのできない、色濃い「死」の影がまとわりついていた。それは呪いではない。彼自身が、この地を己の死に場所と定め、魂そのものを研ぎ澄ませた結果、放たれている「武士の完成」を告げる気配であった。

「止めても無駄なのは、お前が一番よく知ってるはずだ、凱夜」

 土方は愛刀・和泉守兼定を腰に差し直し、不敵に笑った。その瞳には、かつて江戸や会津で見せた焦燥はなく、ただ一点、北の空を見据える澄んだ静寂だけが宿っている。

「弁天台場の連中を見捨てて、俺一人生き残っても、死んだ近藤さんや仲間に顔向けができねえ。……一本木関門まで、一気に押し戻してやるよ」

 凱夜の傍らに控える夕霧たちが、主の顔を伺う。彼女たちは凱夜の指先一つで、その超常の力をもって土方を無理矢理にでもこの場に留め、その命を繋ぎ止める準備ができていた。

「……凱夜様。土方様の背後に、冥府の門が開いております。今なら、わたくしたちの手で……」

 夕霧が潜めた声で進言するが、凱夜は静かに手を挙げてそれを制した。

「……よせ、夕霧。あれは、あいつが自分で選んだ道だ。俺たちが抱いているお前たちの命と同じ、あいつ自身の魂の矜持なんだよ。……死神が、武士の幕引きを邪魔するもんじゃねえ」

 凱夜は黄金の瞳を細め、土方の背中を見つめた。

 二人の間には、理屈を超えた奇妙な友情があった。一人は闇に生き、女たちを愛し、死を司る異形の死神。一人は光を目指し、誠の一文字を掲げ、時代の終わりに殉じる最後の武士。

「トシ。……お前の命、まだ俺が預かってるつもりだったんだがな」

「くかか、勝手に預かってろ。……あばよ、凱夜。お前の女たちを、泣かせるんじゃねえぞ」

 土方は馬に跨り、一陣の風となって戦火の街へと駆け抜けていった。それが、二人が交わした最後の言葉となった。


「……阿、吽。トシの死相、見届けておけ。あいつが命を燃やし尽くす瞬間、この街の霊脈が大きく揺れる」

 凱夜の声には、隠しきれない重い悲しみが混じっていた。阿と吽は、主の拳が白くなるほど強く握られているのを見逃さなかった。二人は凱夜の腰に左右からしがみつき、その震えを止めるように、熱い身体を摺り寄せる。

「……凱夜様、寂しい? 阿が、ずっとそばにいるよ」

「……吽も。凱夜様を一人に、させない。……あのおじいさん、トシの死を、笑おうとしてる。許さない」

 吽の言葉通り、箱館山の山頂からは、戦火の煙に混じって、どす黒い霊気が噴き上がっていた。道魄が、土方という「最後の希望」が消える瞬間を狙い、箱館全土を道連れに自爆的な呪いを完成させようとしているのだ。

「お前ら、準備しろ。……トシが表で命を張って、武士として逝くんだ。俺たちは裏で、あの腐れ損ないのジジイを地獄へ引きずり戻してやる」

 夕霧、お凛、白雪、緋糸が、凱夜の周りに集結する。彼女たちは、主の悲しみを殺意へと変え、燃え盛る箱館の街を真っ直ぐに見据えた。

「死神のけじめだ。……トシの逝き様、特等席で見届けさせてやるよ、道魄!」

 凱夜の咆哮とともに、七人の修羅たちは炎上する箱館山へと走り出した。

 一本木関門の方角から、銃声が激しく響き始めたのは、その直後のことであった。


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