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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第一章:神速の刃と淫らな糸
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暁の報酬、あるいは愛の檻

 廃寺が炎に包まれ、崩れ落ちる轟音が夜の静寂を切り裂く。

 凱夜は、腕の中に抱いた緋糸あけいとの柔らかな肌に伝わる震えを感じながら、神速の歩法でその場を離脱した。向かう先は、島原にある夕霧の隠れ家である。

「……凱夜様、私は……」

 緋糸の声は、消え入りそうなほどに細い。

 呪印から解放された彼女の瞳には、かつての狂気はなく、ただ凱夜という男への、抗いがたい情愛と依存の光だけが宿っていた。

「喋るな。毒気あてにやられた身体だ、今は休ませてやる」

「……はい……」

 緋糸は、凱夜の逞しい胸板に顔を埋める。妖怪としての力は残っているものの、人の姿を取った彼女はあまりにも脆く、守るべき「女」そのものであった。


 島原の奥座敷。

 戻ってきた凱夜を迎えたのは、冷めた視線と、呆れたような溜息だった。

「……おい。俺は『怪異の始末』を頼んだはずだが。まさか、そのまま連れて帰ってくるとはな」

 部屋の隅、影に溶けるように座っていた土方歳三が、腰の刀を鳴らして立ち上がる。その視線は、凱夜の腕の中で眠るように横たわる全裸の美女――緋糸に向けられていた。

「始末はつけたぜ。あの場所を腐らせてた『呪い』はな」

 凱夜は緋糸を静かに布団へ寝かせ、夕霧が用意した羽織をかけてやる。

「だがトシ、この女を斬れってんなら、今ここで俺とやり合うか? こいつはもう、ただの蜘蛛じゃねえ。……俺の所有物だ」

 土方の目が、鋭い剣気を放つ。新選組の法度は厳しい。だが、凱夜という男の「器」と、その不遜なまでの自信を知る土方は、小さく鼻で笑って刀の柄から手を放した。

「……貴様の女癖の悪さには、地獄の門番も愛想を尽かすだろうよ。報告には『怪異は討ち取った』と書いておく。だが、その女が京で一滴でも人の血を啜ってみろ。その時は俺が貴様ごと斬る」

「くかか、違いねえ。だが安心しな。こいつが啜るのは、俺のせいだけだ」

 下卑た冗談を飛ばす凱夜に、土方は「勝手にしろ」と吐き捨て、夜の闇へと消えていった。

 土方が去り、部屋には凱夜と、それを見守っていた夕霧、そして目を覚ましたばかりの緋糸だけが残された。


「……さて。邪魔者はいなくなったな」

 凱夜は、行灯の火を一つ、指先で消す。

 夕霧が艶然とした笑みを浮かべ、凱夜の背中にしなだれかかった。

「報酬の『最高級の女』は、ここに二人いるけれど? 凱夜、どちらから愛でてくださるのかしら」

「選ぶ必要がどこにある。……夕霧、お前が緋糸に教えてやってくれ。俺の女になるってことが、どういうことかをな」

 凱夜の力強い腕が、二人を同時に引き寄せる。

 緋糸は頬を赤らめ、逃げる術を知らぬ蜘蛛のように、凱夜の情熱的な口づけに身を任せた。夕霧の九つの尾が、祝祭のように座敷の闇を覆い隠していく。

「あ……あぁ、凱夜様……。私はもう、貴方なしでは……」

 絡新婦の糸よりも強く、情欲という名の絆が、三人(一人と二匹)の運命を繋いでいく。

 外では、幕末の風が激しさを増していた。

 倒幕派、新選組、そして芦屋道魄。

 蠢く陰謀の渦中にありながら、凱夜はただ、腕の中の女たちの体温だけを信じ、不敵に笑う。

「地獄へ行くなら、最高の女を連れて行きな。……あいにく、この女たちはもう、俺の所有物だがな」

 神速の刃が次に何を切り裂くのか。

 凱夜の「妖怪ハーレム」は、この動乱の京で、さらなる美しき異形たちを飲み込み、膨れ上がっていくことになる。


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