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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第十章:北海の咆哮、星砦防衛戦
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氷雪の牢獄、地下回廊の死闘

 地下へ続く階段を下りるほどに、空気は重く、どろりとした粘り気を帯びていった。壁面には道魄の呪詛によるものか、黒い血管のような紋様が浮き出し、不気味に脈動している。

「……くかか、不気味な城になっちまったもんだ。トシの奴、よくこんな場所の上で平気な顔して寝てられたな」

 凱夜は鼻を鳴らし、漆黒の刀の鞘を指で弾く。その左右には、一切の油断なく獲物を狙う雌豹のごとき女たちが控えていた。

「凱夜様、前方……来ますわ。死に損ない共の、腐った執念が」

 夕霧が鋭く告げた直後、通路の奥から「ガチガチ」と歯を鳴らす音が響き渡った。

 闇の中から現れたのは、道魄の「薬」で異形化した、新政府軍の工作員や地元兵の成れの果て――『氷結の死兵』たちであった。生きたまま魂を凍らされ、操り人形と化した哀れな兵どもが、凱夜たちを食い殺さんと殺到する。

「白雪、見てみろ。お前の美しい氷に比べて、あいつらの霜はひどく薄汚れてやがるぜ」

 凱夜の言葉に、白雪は静かに一歩前へ出た。彼女の瞳には、主である凱夜への深い信愛と、その道を塞ぐ者への凍てつくような拒絶が宿っている。

「……お言葉通りに。あのような醜い氷、私の前で晒させるわけには参りません。凱夜様の瞳を汚す前に、霧に還しましょう」

 白雪が白磁の手をかざすと、地下回廊の温度が急激に低下する。

「――凍てつけ。主の道を汚す不浄よ」

 白雪の絶対的な魔力によって、先陣を切ろうとした死兵たちの足元から氷の蔦が爆発的に伸び、彼らを瞬時に、より純粋で透明な氷柱の中へと封じ込めた。

「あはは! 凍ったなら、あとは壊すだけだよね!」

 お凛が弾かれたように跳躍した。

 凱夜に抱かれ、その生命力を分け与えられたお凛の鬼火は、もはや単なる火炎ではない。それは「生」の執念を焼き尽くす、青白き業火。彼女の爪が空を裂くたびに、氷漬けの死兵たちは粉々に砕け散り、その破片すらも青い炎に包まれて昇華していく。

「逃がしませんわ……。この地下を、あなたたちの終着点にしてあげます」

 緋糸の指先から放たれた銀糸が、闇を縫うように走る。糸は死兵たちの急所を正確に捕らえ、凱夜の進路を遮る者を次々と絡め取り、肉の塵へと変えていった。


 だが、道魄の罠はそれだけではなかった。

地下の壁が大きく裂け、そこから巨大な、百足のような形をした土塊の怪異が這い出してきた。それは蝦夷の龍脈から吸い上げた負の感情を核とした、怨念の化身。

「……あいつ、凱夜様に牙を剥いた。許さない」

「……阿も。……噛みちぎって、凱夜様のために、綺麗にしてあげる」

 阿と吽の少女たちが、同時に動いた。

 彼女たちの背後には、天を衝くほどの守護鬼の幻影が重なり、地下回廊を震わせるほどの咆哮を上げる。阿の拳が百足の頭部を粉砕し、吽の放つ黒い棘がその巨体を壁ごと縫い付けた。二人は凱夜を守るようにその足元へ戻ると、獲物を仕留めた子猫のように凱夜を見上げ、慈しみを求めるようにその熱い吐息を漏らす。

「くかか、いいぞ。お前たちのその熱が、この凍えた地下には一番の毒だ」

 凱夜は女たちの奮闘を眺めながら、自らは一歩も足を止めることなく、最深部へと進んでいく。

 女たちは凱夜に抱かれることで得た歓喜と力を、今、最高純度の殺意へと変えていた。凱夜が彼女たちを「大事な女」として扱い、自らの熱を与え続けていることが、何よりも強力な守護の力となっていた。

「道魄……。女たちの機嫌を損ねた代償は、安くねえぜ」

 凱夜の黄金の瞳が、地下の最果てに渦巻く、巨大な「呪いの心臓部」を捉えた。


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