残雪の寺、静かなる介抱
会津の山々に、冷たい雨が降り続いていた。
飯盛山で流された少年たちの鮮血を洗い流すかのようなその雨は、同時に、生き残った者たちの心をも深く、冷たく侵食していた。
凱夜一行が身を寄せたのは、若松城下から離れた、山間にひっそりと佇む廃寺だった。本堂の屋根は一部が朽ち、隙間風が吹き抜ける。だが、今の彼女たちには、豪華な楼閣よりも、この静寂こそが必要だった。
「……阿、吽。周囲一里、一切の殺気を近づけるな。新政府軍だろうが、道魄の残党だろうが、足を踏み入れた瞬間に噛み殺して構わん」
凱夜の命を受け、二体の守護獣が影となって雨の中に消えた。
堂内では、夕霧、お凛、緋糸、そして白雪が、身を寄せ合うようにして深い眠りに落ちていた。それは安らかな眠りではない。白虎隊の少年たちが自らの喉を突き、腹を裂いた瞬間の「肉が断たれる音」と「絶望の冷気」に中てられた、呪いにも似た衰弱だった。
「……はぁ……、っ、凱夜、様……」
夕霧がうなされ、九つの尾が弱々しく畳を叩く。妖力で数百年を生きてきた彼女ですら、純粋な人間の絶望を目の当たりにし、その心が砕けかけていた。
凱夜は、いつも握っている漆黒の刀を柱に立てかけ、煤けた台所に立っていた。
黄金の瞳を細め、手際よく薪を割り、火を焚く。大鍋で煮立っているのは、山で摘んだ薬草と、わずかな米で炊いた粥だった。
「死神が粥作りとは、柄じゃねえが……」
凱夜は独り言を漏らしながら、丁寧に灰汁を掬い取る。
かつて土御門の里で、術の酷使により倒れた門弟たちを介抱した時の記憶が、微かに脳裏をよぎる。彼は女たちが目覚めるまで、その場を一歩も動かなかった。
数刻後。
最初にお凛が、次に白雪が、重い瞼を開いた。
「……あ、凱夜、さま……。わたくし……」
白雪が身を起こそうとするが、力が力が入らず、その場に崩れ落ちそうになる。凱夜は神速でその体を支え、温かい粥の器を差し出した。
「無理すんな。……お前たちの心は、あの山で白虎隊と一緒に凍っちまったんだ。溶けるまでには、少し時間がかかる」
「……ごめんなさい。わたくしたち、足手まといで……。あの時、もっと早く動けていれば……」
お凛が、猫の耳を力なく垂らし、粥を啜りながら涙を零す。
夕霧もまた、凱夜の手に自身の震える手を重ね、消え入りそうな声で呟いた。
「わたくし……長く生きすぎて、人の心の脆さを、忘れておりました……。あの子たちの魂があまりに眩しくて、直視できませんでしたわ……」
凱夜は何も言わず、彼女たちの頭を一人ずつ、ぶっきらぼうに撫でた。
凱夜の手の熱は、冷え切った彼女たちの芯を、少しずつ、だが確実に溶かしていく。
「救えなかったことを悔やむのは、生きてる奴の特権だ。……だが、いつまでも寝込んでんじゃねえ。道魄のジジイ、まだ生きてやがる。あいつを野放しにすりゃ、第二、第三の飯盛山が出来上がるぜ」
その時、雨の音に混じって、外から鋭い口笛が聞こえた。
阿からの合図。
この隠れ里を訪ねてきた、何者かの気配。
凱夜は粥の入った匙を置き、立てかけていた漆黒の刀を手に取った。その黄金の瞳には、介抱の温もりから一転、再び全てを断ち切る「死神」の鋭さが宿っていた。




