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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第八章:会津の慟哭、白き死神の防波堤
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涅槃寂静、雪に眠る少年たち

 飯盛山の山頂に、異様な静寂が訪れた。

 少年たちの流した鮮血は、冷え込み始めた大地の土に吸い込まれ、その亡骸は、炎上する若松城を見守るように静かに横たわっている。

「ハハハ……! 良い、実に良いぞ。この純粋な死の香りが、私をさらなる高みへと押し上げるのだ!」

 道魄の狂った声が響く。彼の周囲には、少年たちの無念を糧に、影から産み出された無数の異形たちが蠢き、凱夜を包囲していた。だが、凱夜はそれらに視線を向けることすらしなかった。

「……夕霧。お凛。白雪。もう泣くのは止めろ」

 凱夜の低い声が、女たちの慟哭を鎮めた。

 彼はゆっくりと、倒れた少年の一人、まだ幼さが残る少年の開いたままの瞳を、その熱い指先でそっと閉じた。

「こいつらは……最期まで武士として死んだ。道魄、貴様の汚ねえコレクションにはならねえよ」

 凱夜が立ち上がった瞬間、飯盛山全体の空気が凍りついた。それは物理的な冷気ではなく、圧倒的な「死の純度」がもたらす重圧だった。凱夜の背後に、巨大な死神の幻影が重なり、黄金の瞳が漆黒の闇の中で、太陽のように燃え上がる。

「土御門流神速抜刀・伍ノ型――『涅槃寂静ねはんじゃくじょう』」

 凱夜が刀を抜いた。

 音も、風も、光も、全ての事象が「停止」した。

 神速の極致とは、速さの極みではない。それは、時間が止まった無間の瞬間に、千の斬撃を、一つの「理」として定着させること。

「な……ッ!?」

 道魄が目を見開く。

 彼の放った異形の軍勢、そして道魄自身が展開していた漆黒の結界が、一瞬にして「白銀の光」によって貫かれた。それは殺意ではなく、死者を安らかに眠らせるための、慈愛に近い破壊。

 異形たちは叫び声を上げる暇もなく、塵となって消え去った。道魄の本体もまた、胸部を深く切り裂かれ、その傷口から「黒い泥」を噴き出しながら後退する。

「おのれ、凱夜……! まだ、まだだ! 私は不滅……!」

「……逃がすか」

 凱夜が追撃の一歩を踏み出そうとした瞬間、道魄の体が霧散するように闇へと溶け込んだ。深手を負わせたはずだが、奴は会津の負のエネルギーを吸収し、かろうじてその核を北へと逃がしたのだ。


「凱夜様、奴の気配……さらに北へと消えていきましたわ」

 夕霧が涙声で告げる。だが、凱夜は深追いしなかった。今、彼がすべきことは他にある。

「……逃げたネズミより、目の前のほとけだ。阿、吽。お前らも手を貸せ。この子らを土に還してやる」

 凱夜の言葉に呼応し、二人の守護獣が影から静かに実体化した。

 阿がその強靭な爪で、大地を優しく、深く掘り起こしていく。その隣で、吽は辺りを警戒するように峻烈な気を放ち、少年たちの魂を狙う穢れを寄せ付けない。

 夕霧は嗚咽を漏らしながら、九つの尾を使って掘り出された土を均し、お凛は涙で霞む瞳を拭いながら、青い鬼火で少年たちの顔を一つ一つ照らし出した。緋糸は激しく震える手で銀糸を編み上げ、ボロボロになった彼らの隊服を綴り合わせ、死装束を整えていく。

 白雪は、熱い涙を流しながら、自らの霊力で清めた氷の結晶を、少年たちの傍らに添えた。

「せめて……あなたたちの魂が、この雪のように……っ、清らかなまま天へ昇れるように……」

 一人、また一人。

 凱夜は自身の漆黒の羽織を脱ぎ、それを一番年少の少年に掛けた。

「悪かったな、間に合わなくて。……せめて安らかに寝な。後の日本ひのもとは、お前らが守ろうとしたこの国は、俺が道魄ごと全部見届けてやる」

 埋葬を終えた飯盛山の頂に、不自然なほど静かな雪が降り始めた。阿と吽は墓標の前に跪き、地獄の門番としての礼を捧げる。女たちの泣き声だけが、静かに夜の山に響いていた。


 山を下り、鶴ヶ城の城門前に辿り着いた凱夜を待っていたのは、二人の男の「別れ」だった。

 一人は、斎藤一。

 彼は血に濡れた刀を置き、城内から出てくる会津藩士や避難民たちの列を見つめていた。その瞳には、新選組の狼としての鋭さではなく、守るべきものを見据えた静かな覚悟が宿っている。

「凱夜。……俺は、ここ(会津)に残る。……死に場所を探すのはもう止めた。この地の人々が、どうやって泥を啜りながら生き延びるのか、その盾となって見届けるのが俺の『誠』だ」

「……そうかよ、はじめ。お前らしい、不器用な生き方だぜ」

 そしてもう一人、馬上で北の空を見つめる土方歳三。

「凱夜。……俺は行く。慶喜公が城を出ようと、会津が膝を折ろうと、俺のなかの『新選組』はまだ終わっちゃいねえ。北の果て、箱館で、武士の幕引きを華々しく飾ってやる」

「……ああ。トシ、お前はどこまでも突っ走れ。背中の掃除は、俺が全部済ませてやる」

 斎藤は会津の地と共に生きる「降伏」を選び、土方は武士の誇りを掲げた「進軍」を選んだ。

 凱夜は二人の背中に別れを告げ、夕霧たちを引き連れて、霧の向こうへと歩き出す。

「白雪。お前の氷で、奴を逃がさねえように北の海を凍らせる準備でもしとけ。……道魄、次が最期だぜ」

 降伏の鐘が鳴り響く会津を背に、凱夜の黄金の瞳は、さらなる修羅の地――箱館へと向けられていた。


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