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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第八章:会津の慟哭、白き死神の防波堤
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十六橋の決断、凍てつく防衛線

 母成峠を強行突破した新政府軍の進撃速度は、会津軍の予想を遥かに上回っていた。怒涛の勢いで迫る敵軍。その進路を阻む最後の要衝が、猪苗代湖から流れ出る日橋川に架かる「十六橋じゅうろくばし」であった。

 この頑強な石橋を落とせば、敵の進軍を数日は遅らせることができる。だが、会津軍の決死の破壊工作は、予期せぬ「呪い」によって阻まれていた。


「爆薬が……爆薬が効かねえ! 石が、石が生きているみたいに再生しやがる!」

 橋の袂で、工兵隊の悲鳴が響く。凱夜が現場へ駆けつけた時、目に飛び込んできたのは異様な光景だった。破壊されたはずの石材が、不気味な黒い粘液を滴らせながら脈動し、瞬時に元の形へと戻っていくのだ。

「くかか、道魄の野郎、橋そのものに『不老不死』の呪いをかけやがったか。石を肉に変えるとは、悪趣味な手品だぜ」

 凱夜は黄金の瞳を細め、橋の中央へと歩を進めた。

 背後からは、新政府軍の先鋒、土佐・薩摩の鋭兵たちが放つ銃声が刻一刻と近づいている。霧の向こうには、近代的な軍帽を被りながらも、その瞳に「鬼の薬」の凶光を宿した強化兵たちの姿が見え隠れしていた。

「凱夜様、わたくしがこの不浄な脈動を止めます。……少しだけ、お時間を」

 白雪が凱夜の前に立ち、その白い掌を石造りの欄干に押し当てた。

 彼女の体内にある冷気の核が激しく共鳴する。瞬く間に橋全体が白く凍りつき、石の「脈動」が氷の枷によって強引に停止させられた。だが、その代償として白雪の体温は急激に奪われ、その白い肌はさらに透き通り、今にも砕け散りそうな危うさを帯びる。


「……白雪、無理はすんな。あとは俺の仕事だ」

 凱夜が漆黒の刀を抜いた。

 その瞬間、橋の向こう岸から、異形の強化兵たちが一斉に雪崩れ込んできた。その数、優に百。狭い橋の上で、神速の死神と、死を恐れぬ狂戦士たちが激突する。

「邪魔だ。――退け」

 凱夜の姿が消えた。

 神速の歩法による衝撃波が、橋の上の空気をごっそりと奪い去る。

 次の瞬間、橋の最前列にいた十数人の強化兵たちが、何が起きたのかを悟る間もなく、その首を空中に躍らせた。凱夜の斬撃は「線」ではなく、空間そのものを切り取る「面」となって、押し寄せる軍勢を蹂躙していく。

「土御門流神速抜刀・参ノ型・火焔断界かえんだんかい

 凱夜は、凍りついた橋の中央で刀を振り下ろした。

 白雪が凍らせ、脆くなった「生きた石」に対し、摩擦熱を極限まで高めた紅蓮の刃が叩き込まれる。

 急激な温度変化に耐えきれず、道魄の呪いごと、石橋の心臓部が大音響と共に粉砕された。

 バリ、バリバリィィィンッ!

「……っ、凱夜様!」

 崩落する橋と共に、白雪の体が宙に浮く。凱夜は神速で彼女を抱き寄せ、崩れ落ちる石材を足場にして、辛うじて会津側の岸へと跳んだ。


「……ふぅ、間一髪だな。白雪、よくやった。お前の冷気がなきゃ、この石化け物は斬れなかったぜ」

 凱夜の腕の中で、白雪は弱々しく微笑み、彼の胸に顔を埋めた。

 十六橋は落ちた。だが、敵軍の別働隊は既に別のルートから戸ノ口原へと迫っている。

「凱夜、礼を言う。だが……もう若松の街が焼けている」

 駆けつけた斎藤一が、遠く南の空を指差した。

 そこには、十六橋の防衛を嘲笑うかのように、会津若松城下から立ち昇る巨大な黒煙が見えた。

 それは、白虎隊の少年たちが、自らの運命を懸けて見つめることになる「終わりの火」であった。


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