表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第七章:江戸の残り火と、彰義隊の意地
28/34

死神の開城、不夜城の別れ

 上野の山に吹き荒れた殺気は、凱夜の一閃によって一時的な沈黙を強いられていた。砕け散った「怨身の甲冑」の破片が地面に転がり、我に返った彰義隊の隊士たちが、己の手の震えを呆然と見つめている。

「……土御門、凱夜。貴様、幕府を見限ったか! この力があれば、薩摩の軍勢など……!」

 天野八郎が、力への未練を捨てきれずに叫ぶ。だが凱夜は、収めたばかりの刀の柄に手を置いたまま、冷徹な黄金の瞳を向けた。

「力に喰われてる奴が、何を『守る』なんて抜かしてやがる。……お前らが今守ってるのは、徳川の看板じゃねえ。道魄のジジイが用意した『絶望』っていう餌だぜ」

 凱夜の背後、闇の中から道魄の気配がさらに色濃く漂い出す。周囲の木々が瞬時に枯れ果て、地中から不気味な黒い触手が這い出し、御用盗と彰義隊の死骸を飲み込み始めた。それらは巨大な肉の塊となり、一体の禍々しい「肉の門」を形成していく。江戸を物理的に分断し、無血開城の交渉を破綻させるための呪術的防壁だ。


「……凱夜様。江戸城の勝様より、急ぎの文が届いておりますわ。薩摩の西郷が、江戸総攻撃の準備を整えつつあるとのこと」

 夕霧が空から舞い降り、一枚の紙片を凱夜に差し出す。そこには「刻限は近い。邪気を払え」とだけ記されていた。

「ハッ、勝の旦那も人使いが荒いぜ。……おい、阿、吽。この『門』を食い破れ。緋糸、お凛、周辺の掃討は任せる。夕霧、白雪を連れて吉原の守りを固めておけ」

「「御意!」」

 女たちが一斉に散り、夜の寛永寺に再び戦火が爆ぜる。

 凱夜は一人、肉の門の深淵へと足を踏み入れた。内側からは、これまでに斬り捨ててきた者たちの怨嗟の声が響き渡る。だが、凱夜の神速の領域において、過去の亡霊が追いつく隙など微塵もない。

「――神速抜刀・零ノ型・無明長夜むみょうじょうや

 一筋の閃光が、肉の門を縦に両断した。

 呪術的な結界が霧散し、江戸の空に澱んでいた邪気が一気に晴れ渡る。その瞬間、江戸城の門が静かに開き、勝海舟と西郷隆盛による「歴史の決断」が下された。


 数日後。

 江戸城が新政府軍に引き渡され、徳川の世が名実ともに幕を閉じた。吉原の拠点に戻った凱夜を待っていたのは、江戸を去る準備を整えた土方歳三だった。

「凱夜、俺たちは北へ行く。……慶喜公は恭順されたが、俺たちの戦争はまだ終わっちゃいねえ」

 土方の目は、かつてないほど澄んでいた。負け戦と分かっていても、己の誠を貫く場所を探しに行く男の顔だ。

「……そうかよ、トシ。俺も江戸ここに長居しすぎた。道魄の気配はさらに北……会津の山々に消えてやがる。……続きは、もっと寒い場所でやろうぜ」

 凱夜は、白雪の白い手を握り、夕霧たちを引き連れて品川の港へと向かった。

 開城に沸く町人たちの歓声を背に、死神とそのハーレムは、次なる修羅の舞台――東北へと向かう船に乗り込む。

 徳川の因果を断ち切った男の刃が、次は会津の雪山を赤く染める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ