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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第七章:江戸の残り火と、彰義隊の意地
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寛永寺の月、狂える忠義

 上野の山、寛永寺。

 かつては徳川将軍家の菩提寺として威容を誇ったこの聖域は、今や「彰義隊」を名乗る不平士族たちの殺気で満ちていた。だが、その殺気はもはや武士のそれではない。道魄の手によって、彼らが抱く「徳川への忠義」という純粋な想いは、呪術的な増幅を経て、狂気へと変質させられていた。

 凱夜は、静まり返った境内の屋根を神速で渡り、その中心部を見下ろしていた。


「……くかか、こいつは傑作だぜ。仏の懐で、鬼を飼い慣らしているつもりか」

 凱夜の黄金の瞳に映るのは、境内に整列した彰義隊の戦士たち。その中心に立つ天野八郎の背後には、巨大な「黒い影」が揺らめいている。道魄が配した呪いの発動体――「怨身の甲冑」。戦死した幕臣たちの無念を吸い込み、装着者の理性を奪う代わりに、銃弾すら弾き返す硬度と人知を超えた筋力を与える魔導具だ。

「凱夜様、薩摩の御用盗たちが動き出しましたわ。この上野を包囲し、彰義隊を刺激して暴発させるつもりにございます」

 影から現れた夕霧が、不快げに鼻を突く。彼女の九つの尾は、周囲に満ちるドロドロとした怨嗟の気を浄化するように揺れていた。

「勝の旦那が危惧してたのはこれか。彰義隊が暴れて江戸の町を焼き、それを口実に薩摩が江戸を力ずくで踏み潰す……。胸糞悪い筋書きだぜ」


 その時、境内の門が激しく蹴破られた。

 乱入してきたのは、御用盗の群れ。だが、彼らもまた「鬼の薬」で異形化しており、もはや人間同士の争いではなく、化け物と化け物の共食いに近い惨状が始まろうとしていた。

「徳川の犬ども! 今日が貴様らの命日だ!」

御用盗の浪士たちが、黒い粘液を吐き散らしながら斬りかかる。

「幕府を……慶喜公を侮るなァ! 全員、斬り捨ててくれるわ!」

 天野八郎の咆哮と共に、彰義隊の面々からどす黒い霊圧が噴き出した。呪いの甲冑を纏った戦士が、巨大な野太刀を一振りするだけで、御用盗の兵士三人が肉塊となって飛び散る。だが、その攻撃の余波は、近くにある町家や、逃げ遅れた町人たちにも容赦なく降り注ごうとしていた。

「……おいおい、どっちが正義か分かったもんじゃねえな。まとめて片付けてやるよ」

 凱夜が屋根から飛び降りた。

 その足が地面に触れるよりも早く、漆黒の刃が鞘の中で鳴る。

「土御門流神速抜刀・肆ノ型――『無間塵刹むげんじんせつ』」

 世界が静止した。

 凱夜が放ったのは、瞬きすら許さぬ千の斬撃。

 それは御用盗の喉元を正確に裂き、同時に彰義隊の「呪いの甲冑」だけを、中の人間を傷つけることなく細塵へと分解していく。


「な……ッ!? 何が起きた……!」

 我に返った天野八郎が見たのは、無傷で立ち尽くす自慢の戦士たちと、その足元に転がる、もはや「呪い」の力を失い、ただの鉄屑と化した甲冑の残骸だった。

 そしてその中央、血の一滴も浴びずに刀を収める凱夜の姿。

「……忠義ってのは、死んでから誇るもんじゃねえ。生きてるうちに、守るべきもんを間違えねえことだぜ、彰義隊の旦那」

 凱夜の黄金の瞳が、彰義隊の面々を圧倒する。

 だが、この衝突はまだ序の口に過ぎなかった。上野の山の影から、真の黒幕である道魄の冷笑が聞こえてくる。

「……楽しんでいるかな、凱夜。江戸の幕引きには、もっと派手な血の華が必要だ……」

 闇の中から現れたのは、これまでの異形とは一線を画す、巨大な霊的圧力を放つ「影」。

 江戸開城という政治の裏で、個の武力と呪術が激突する、さらなる深淵へと物語は加速する。


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