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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第七章:江戸の残り火と、彰義隊の意地
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御用盗の闇、上野の咆哮

 江戸の夜は、かつての活気を失い、代わりに焦げ茶色の沈黙と、どこからか聞こえる女の悲鳴に支配されていた。

 薩摩藩の西郷隆盛が裏で糸を引く浪士集団「御用盗ごようとう」。彼らは「江戸を混乱に陥れる」というただ一点の目的のために、放火、略奪、暴行を繰り返していた。


「……あ、あァ……助け……ッ!」

 神田の裏路地。数人の浪士が、倒れ込んだ町商人の懐から小銭を奪い、その喉元に抜き身の刀を突き立てようとしていた。彼らの瞳は濁り、口元からは不自然な黒い粘液が垂れている。

「くかか、道魄の野郎、今度は江戸のゴロツキどもに『鬼の薬』をバラ撒きやがったか」

 闇の中から響く、低く、冷徹な声。

 浪士たちが一斉に振り返る。そこには、漆黒の羽織を肩にかけ、黄金の瞳を爛々と輝かせた凱夜が立っていた。

「誰だ貴様……薩摩の志士に刃向かうつもりか!」

「志士? 笑わせるな。ただの飢えた野犬だろうが。……その首、掃除してやるよ」

 凱夜が地を蹴る。

 神速。

 浪士たちが刀を振り上げるよりも早く、漆黒の刃が闇を閃いた。

 一瞬。

 四人の浪士は、何が起きたのかも理解できぬまま、それぞれの喉笛を正確に断ち切られた。噴き出した血は黒く、地面に落ちるとジュッと不気味な音を立てて腐敗していく。

「……やはりな。ただの人間じゃねえ。命を燃料にして暴れるだけの壊れた玩具だ」

 凱夜が刀の血を払ったその時、北の方角――上野の山から、地を震わせるような咆哮が響き渡った。それは、徳川への行き場のない忠義を抱えた幕臣たちの集団「彰義隊」が、何かに取り憑かれたように上げたときの声だった。

「凱夜様。上野の山、気が濁っておりますわ。……ただの武士の集まりではございません」

 背後の影から、お凛が音もなく現れた。彼女の二本の尾は苛立ったように揺れている。

「……ああ。道魄が、徳川を愛しすぎた馬鹿どもに『力』を与えやがったな。このままじゃ、江戸を焼くのは御用盗じゃなく、江戸を守ろうとした彰義隊になっちまう」


 その時、闇を裂いて飛んできたのは、一本の矢。

 凱夜はそれを指先で受け止める。矢文には、一言だけ殴り書きされていた。

『薩摩を抑えろ。江戸を灰にするな。――海舟』

「……ハッ。勝の旦那も、使いっ走りに俺を選ぶとは、随分と困ってやがるらしいな」

 凱夜は矢を握りつぶすと、上野の山へと視線を向けた。

 江戸城での交渉が進む裏側で、呪われた忠義と、狂った野望が激突しようとしている。

 江戸という巨大な獲物を守るため、死神の足音が加速した。


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