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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第七章:江戸の残り火と、彰義隊の意地
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帰還の海、灰色の帝都

 慶応四年一月半ば。

 厳冬の荒波を切り裂き、軍艦「富士山丸」は品川沖へと辿り着いた。甲板に立つ凱夜の横には、泥と硝煙にまみれた土方歳三、そして凱夜の腕に縋り付くようにして寒さを凌ぐ白雪の姿があった。


「……あれが、江戸か。随分と景気の悪そうな面構えになっちまってんな」

 凱夜が目を細めた先、かつての「花の江戸」は、どんよりとした灰色の空気に包まれていた。大政奉還、そして伏見の敗報。主を失いかけた巨大な都市は、希望を失い、ただ怯えているように見えた。

「凱夜、俺たちは一度、江戸城へ入る。慶喜公の御意志を確かめねばならん」

 土方の声は低く、硬い。敗戦の屈辱を胸に秘めた男の横顔には、もはや一抹の余裕もなかった。

「勝手にするがいいさ、トシ。俺は俺のねぐらへ向かわせてもらうぜ。……こいつの手入れも必要だしな」

 凱夜は土方に背を向け、一緒に船を降りた夕霧、お凛、緋糸、阿、吽、そして白雪を連れて品川の地を踏んだ。


 一行が向かったのは、江戸の不夜城――吉原。

 これまでは定宿を転々としていた凱夜だったが、激動する情勢を鑑み、馴染みの楼閣の奥に盤石な拠点を移す手配を済ませていたのだ。

「……ここが、貴方たちの居場所なのね」

 拠点となる奥座敷に足を踏み入れるなり、白雪が不安げに周囲を見渡した。彼女は凱夜から与えられた熱を失うまいとするように、まだ彼の着物の裾を離そうとしない。

 その様子を横目で見ていた夕霧が、九つの尾を揺らしながら、品定めするように白雪を覗き込んだ。

「凱夜様、随分と可愛らしい拾い物ですこと。……ですが、この娘の芯にはまだ道魄の呪いの残滓がこびり付いておりますわ。お体の調子を整えるには、少し時間がかかりそうですわね」

「夕霧、こいつを頼む。俺の熱で氷は砕いたが、まだ芯が冷え切ってやがる」

 凱夜は白雪を夕霧に託すと、開け放たれた窓から江戸の夜空を仰いだ。遠く、不自然な火の手が上がっているのが見える。

「……凱夜様。船から降りる際、街の者が怯えておりましたわ。薩摩の息がかかった浪士ども――御用盗が、江戸の至る所で略奪と放火を繰り返しているとか」

 緋糸が影から這い出し、湿った風を嗅ぐようにして告げる。

「徳川三百年を終わらせたのは俺だ。……だが、その残骸をハイエナどもが好き勝手に食い散らかすのは、見ていて気分が良くねえな」

 凱夜は腰に二本の刀を差し直し、黄金の瞳を爛々と輝かせた。

「……トシたちが江戸城で理屈をこね回してる間に、俺が少しばかり庭の掃除をしてきてやるよ」

 漆黒の羽織を翻し、凱夜は一人、混乱の極致にある江戸の夜へと消えていった。

 それは、暴走する「彰義隊」の足音と、江戸無血開城へと向かう裏歴史の幕開けであった。


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