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神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第六章:伏見の雪華と、氷肌の処女
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燃える奉行所、泥濘の退路

「……伏見を捨てる。全員、淀へ向かえ!」

 土方の咆哮が、硝煙と雪の入り混じる夜気に響き渡った。

 薩摩軍の新型砲による容赦ない砲撃が、新選組の牙城であった伏見奉行所を赤々と舐め回す。白雪の呪いによる冷気は消え失せたが、代わりに来たのは、全てを灰にする戦火の熱だった。

 凱夜は、意識を失い熱を出している白雪を左腕で抱き、右手に抜いたばかりの漆黒の刀を下げ、炎のカーテンを潜り抜けた。

「凱夜様、足元にお気をつけて! 薩摩の別働隊が、この混乱に乗じて奉行所の裏手を封鎖しておりますわ!」

 夕霧が九つの尾で飛んでくる銃弾を弾き飛ばし、道を作る。お凛は猫又の俊敏さで屋根から屋根へと跳ね、伏兵の首を次々と掻き切っていった。

「阿、吽! 前の連中をどかせ。白雪に火の粉一つ飛ばすんじゃねえぞ」

「「御意!」」

 双子の守護獣が、凱夜の前に立ち塞がる薩摩兵の群れに突っ込む。影の刃と霊圧の衝撃が、近代兵器を構えた兵士たちをなぎ倒した。

「……凱夜。そいつを抱えたまま、この修羅場を抜けるつもりか」

 退却の殿しんがりを務めていた斎藤一が、返り血を浴びた姿で凱夜の隣に並んだ。その鋭い眼光は、白雪の安らかな寝顔を一度だけ捉え、すぐに前方の敵へと戻る。

「ああ、こいつには俺の『熱』をたっぷり注ぎ込んでやったからな。……道魄のジジイに返してやるには、惜しすぎる極上の一品だぜ」

「……ふん。相変わらずだな」

 斎藤が牙突を放ち、道を阻む兵士を貫く。その隙を突き、凱夜は神速の歩法で泥濘ぬかるみの道を駆け抜けた。


 淀へと向かう街道は、敗走する会津・桑名藩の兵と、それを追う新政府軍の銃声で溢れかえっていた。かつて「京の守護」を誇った武士たちが、近代兵器の圧倒的な火力の前に、ただの肉塊となって転がっている。

「……トシ! 止まってんじゃねえ、生き恥晒してでも江戸まで逃げ延びろ!」

 凱夜の声に、馬上で前線を見据えていた土方が振り返った。

 その瞳には、伏見を焼かれた屈辱と、それでもなお消えぬ闘志が宿っている。

「言われるまでもない。……この借りは、必ず返してやる」

 雪はいつの間にか雨へと変わり、凍てついた大地をドロドロの泥海へと変えていく。

 白雪が凱夜の胸の中で、小さく身を震わせ、うわ言のように呟いた。

「……あたた……かい……。わたくし……もう、寒くない……」

「……ああ。もうお前を、雪の中に一人で置いていきはしねえよ」

 凱夜は白雪をより強く抱き締め、燃える伏見を背に、闇の彼方へと消えていった。

 鳥羽・伏見の戦いは、旧幕府軍の惨敗に終わる。だが、凱夜と五人(あるいは六人)の女たちの戦いは、ここからさらなる深淵へと加速していく。

 舞台は転じ、全ての始まりの地――江戸へ。


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