火焔断界、氷の殻が解ける時
奉行所の外では、薩摩軍の放ったアームストロング砲の轟音が地響きを立て、新選組の隊士たちが闇夜を切り裂く叫びを上げていた。だが、凍りついた奥座敷の中だけは、外の戦火とは異質な「熱」と「冷」が渦巻く、極限の死闘場と化していた。
「……あ、あああッ! 嫌、こないで……わたくしが、貴方を殺してしまう……!」
白雪が絶叫し、その背中から氷の棘のような呪気が噴き出す。凱夜の胸や腕を容赦なく切り裂くが、そこから流れる鮮血は、氷の床に落ちる前に蒸気となって立ち昇った。
凱夜の全身を巡る「黄金の霊気」が、神速の振動によって物理的な熱へと変換されていく。白雪の体内に埋め込まれた氷結の核が、侵入してきた凱夜の熱を排除しようと、彼女の血管を凍らせ、心臓を止めようと暴走を始めていた。
「殺せるもんなら、殺してみな。……三百年続いた幕府の因果すら、俺の刃は断ち切ったんだぜ。お前の中のちっぽけな氷山くらい、一息で溶かしてやる」
凱夜は白雪の細い首筋に歯を立て、逃げ場を奪うように強く抱きすくめた。
その瞬間、凱夜の指先が白雪の下腹部、呪いの源泉となっている「核」の直上に触れた。
「土御門流神速抜刀・参ノ型――『火焔断界』」
それは、刀を振るう技ではない。
指先から一点に、神速の領域で練り上げた全霊の熱量を叩き込む、内側からの解呪。
「――ッ!!」
白雪の瞳が大きく見開かれ、その体が弓なりに逸れた。
彼女の体内で、道魄が仕込んだ異国の氷結回路が、凱夜の「陽」のエネルギーに耐えきれず、内側から爆華するように砕け散った。
パキィィィィンッ!!
座敷を覆っていた氷が、一斉に粉々に砕け、ダイヤモンドダストとなって夜の闇に舞い上がる。
白雪の口から漏れたのは、冷たい吐息ではなく、命の温もりを帯びた熱い喘ぎだった。
「……あ……あたた、かい……」
白雪の白い肌から氷のような硬さが消え、柔らかな、赤みを帯びた女の質感へと戻っていく。彼女の瞳に宿っていた冷徹な光は消え、代わりにそこには、一人の女としての涙が溢れていた。
「……くかか、随分と高くついたな。俺の羽織もボロボロだぜ」
凱夜は、力が抜けて倒れ込む白雪を、その逞しい腕でしっかりと受け止めた。
彼女を縛っていた呪いは消えた。だが、それは道魄という「主」との繋がりを断ったことを意味し、同時に彼女の生命維持の糧を失ったことも意味していた。
ドォォォォォンッ!
一際大きな爆発音が響き、座敷の襖が吹き飛んだ。
庭先には、煤にまみれた土方歳三が、抜き身の刀を手に立っていた。
「凱夜、いつまで女と遊んでいる! 奉行所が火に包まれたぞ、撤退だ!」
「……ああ、わかってるよ、トシ」
凱夜は、気を失った白雪の体に、自分のボロボロになった羽織を投げ掛け、軽々と抱き上げた。
「この女も連れて行く。……地獄への道連れは、多いほうが賑やかでいいだろ?」
炎上する伏見奉行所の火柱が、夜空を真っ赤に染め上げる。
幕末という時代の冬が、最も残酷で、最も熱く燃え上がる本戦へと突入しようとしていた。




