凍てつく新春、白き迷い子
慶応四年一月。
明けて早々、京の都を襲ったのは、例年を遥かに凌ぐ異常なまでの極寒だった。伏見奉行所に陣を構える新選組や会津藩の兵たちは、吐く息も白く凍る中、対峙する薩摩・長州軍との一触即発の緊張感に震えていた。
「……トシ。外の連中、寒さで指が動かねえんじゃねえか?」
伏見奉行所の一室。凱夜は火鉢を囲み、阿と吽に肩を揉ませながら、入ってきた土方歳三に声をかけた。土方の羽織には薄っすらと雪が積もり、その表情は氷のように硬い。
「……軽口を叩いている暇があるなら、外を見てこい。妙なことが起きている」
土方の案内で表に出た凱夜は、黄金の瞳を細めた。
伏見の町を、不自然なほどに濃い、そして冷たい白霧が覆い尽くしている。その霧の中から、数人の隊士たちが、一人の女を抱きかかえるようにして戻ってきた。
「副長! 道端に行き倒れていた娘です。放っておけば凍死するところを……」
隊士たちが運び込んできたのは、透き通るような白い肌を持つ、絶世の美女だった。名は「白雪」。ボロボロの着物からは、男を狂わせるような白磁の肢体が覗いているが、その肌に触れた隊士の一人が、急にガタガタと歯を鳴らして倒れ込んだ。
「冷てぇ……! 氷を……氷を直接触ったみてぇだ……!」
「……夕霧。こいつ、ただの行き倒れじゃねえな?」
凱夜が背後の影に問うと、九つの尾を隠した夕霧が、扇を口元に当てて目を細めた。
「ええ、凱夜様。この娘の芯には、日本の雪女の伝承とは異なる、異国の『魔の氷結』が埋め込まれていますわ。道魄のジジイ、随分と丹精込めて造り上げたようですこと」
「お、おい……。この娘、動いたぞ……」
運び込んだ隊士が、白雪の顔を覗き込んだ。その瞬間、白雪がゆっくりと瞼を持ち上げる。その瞳は、凍りついた湖底のように静かで、底知れない熱を孕んでいた。
「……あたたかい……。だれか、わたくしを……もっと、あたためて……」
白雪が、介抱していた隊士の首に、氷のように冷たい細い腕を絡める。
隊士の顔が、一瞬にして法悦の色に染まった。だが、同時に彼の鼻先や指先が、見る間に白く凍りついていく。
「……ッ、周助! その娘から離れろ!」
土方が叫ぶが、隊士は白雪の抱擁に溺れ、離れようとしない。
「くかか、手遅れだぜ、トシ。そいつは男の命を薪にして、自分を凍らせ続ける『冷たい火薬』だ。触れれば最期、絶頂の中で氷の像に成り果てる」
凱夜は、腰の妖刀を抜くことなく、一歩前へ出た。
白雪の視線が、隊士を捨て、凱夜の「黄金の霊気」へと吸い寄せられる。
「……貴方の、その熱……。わたくしの奥まで、届けてくださるかしら……?」
白雪の唇から漏れた吐息が、空中で結晶となって煌めく。
戦火の足音が近づく伏見で、凱夜は、かつてない「死の快楽」を纏った刺客と対峙していた。
「いいぜ。そのガチガチに固まった芯ごと、俺の熱でドロドロに溶かしてやるよ」
凱夜の黄金の瞳が、冬の夜空に獰猛に光った。




