落日の誓い、鳥羽伏見へ
二条城を揺るがした咆哮が止み、京の空には静寂が戻っていた。凱夜が断ち切った「三百年の因果」は、光の塵となって夜の闇に溶けていく。
凱夜は肩で息をしながら、二本の刀を鞘に収めた。神速の代償として、その腕からは血が滴り、周囲の石畳を赤く染めている。
「……凱夜様!」
お凛が石垣から飛び降り、真っ先に駆け寄った。夕霧、緋糸、阿と吽もまた、それぞれの戦いを終えて凱夜の周囲を固める。
「……騒々しい夜だったな。夕霧、残りの呪は掃除しておけ」
「心得ておりますわ。薩摩の呪術師ども、生かしてはおきません」
夕霧の冷徹な一言が、逃げ惑う薩摩の隠密たちへの宣告となった。
その時、静まり返った城の門前から、軍靴の音が響いた。
現れたのは、土方歳三、そして斎藤一率いる新選組の精鋭たちだ。彼らの眼前に広がるのは、歴史の転換点というにはあまりに凄惨で、あまりに美しい「終わりの風景」だった。
「凱夜……貴様、何をした」
土方が、震える声を抑えながら問いかけた。その瞳には、主君を失い、さらに己が守るべき都が人知を超えた怪物に呑まれようとしたことへの、筆舌に尽くしがたい複雑な情念が宿っていた。
「見たままだよ、トシ。未練がましくのたくってた徳川の霊を、俺が引導を渡してやった。……これで本当の『終わり』だ。もう戻る場所はねえぜ」
凱夜は挑発的に笑い、血に濡れた腕で二条城を指差した。
大政奉還という政では拭えなかった「怨嗟」を、凱夜の剣が物理的に断ち切った。それは新選組という組織にとっても、もはや「幕府の家臣」という拠り所が完全に消滅したことを意味していた。
「……ふん。余計な世話を焼くのが、貴様の業というわけか」
土方は自嘲気味に呟くと、腰の刀を強く握り直した。その顔から迷いが消え、かつての「鬼の副長」の鋭さが戻る。
「斎藤、全隊士に通達しろ。京での役目は終わった。これより伏見奉行所へ拠点を移す。……ここから先は、武士の意地ではなく、徳川の看板でもない。ただの『戦争』だ」
「……御意」
斎藤が短く答え、闇へと消える。
「凱夜、貴様はどうする。ここで野垂れ死ぬか、それとも……」
土方の問いに、凱夜は黄金の瞳を細めた。
「くかか、地獄の特等席を逃す手はねえ。薩摩のジジイや道魄が、伏見でどんな『絶望』を仕込んでるか、この目で拝ませてもらうぜ。……お前たちの負け戦、最後まで付き合ってやるよ」
凱夜は女たちを伴い、土方の横を通り抜けた。
すれ違いざま、二人の視線が交錯する。そこにあるのは友情でも忠義でもない。ただ、濁流のような時代の最前線に立ち続ける者同士の、奇妙な連帯感だった。
夜明けが近い。
京の都を後にし、舞台は「鳥羽伏見」という修羅の地へと移る。
剣の時代が銃声にかき消されるその場所で、凱夜の神速は、さらなる深淵へと踏み込んでいく。




