三百年を断つ一閃
二条城の地下から噴き出したのは、もはや龍脈と呼べる清浄なものではなかった。
大政奉還によって行き場を失い、薩摩の呪術で反転させられた「三百年の因果」――それは、漆黒の鱗を持つ巨大な大蛇となって、夜空を覆い尽くした。
「グオォォォ……!!」
大蛇の咆哮が、京の街を震わせる。その声に当てられた黒龍隊の兵士たちは、泡を吹いて倒れ、異形の化け物へと変質していく。道魄が狙ったのは、薩摩の勝利などではない。この強大すぎるエネルギーを暴走させ、京という土地そのものを「死の国」へ塗り替えることだった。
「凱夜様、あれは……! 三百年の重みが、物理的な質量となって街を押し潰そうとしています!」
夕霧が九つの尾を扇のように広げ、大蛇から放たれる呪いの飛沫を食い止める。九尾の狐としての霊圧を全開にしてもなお、その勢いは止まらない。
「お凛! 緋糸! 兵士どもは放っておけ、こっち(大蛇)の気を逸らせ!」
「分かってるよ! この猫の手で、三百年分の怨みを引っ掻き出してやる!」
お凛が、二本の尾に青白い鬼火を灯し、垂直な二条城の石垣を駆け上がる。影を操る阿と吽の支援を受けながら、大蛇の鼻先へと肉薄し、その鋭い爪で黒い鱗を弾き飛ばした。
「わたくしが、この呪いの濁流を繋ぎ止めておきますわ……。長くは持ちません、凱夜様、早く!」
緋糸が血の混じった汗を流しながら、空中に網目のような銀糸の結界を編み上げる。大蛇の動きが一瞬だけ鈍る。だが、その巨体から放たれる圧迫感は、彼女たちの限界を超えようとしていた。
「……ハッ、三百年か。……重てえな、確かに」
凱夜は、漆黒の空を見上げたまま、動かない。
黄金の瞳は、大蛇の核――三百年分の怨嗟が集中する「龍の逆鱗」を見据えていた。
「だが、いつまでも昔の思い出に執着してんじゃねえよ。……主が居なくなったんなら、潔く消えろ」
凱夜が静かに腰の刀を抜いた。
その瞬間、周囲の喧騒が消えた。
雨音も、爆炎も、女たちの声も。
凱夜の周囲だけが、真空のように澄み渡る。
「土御門流神速抜刀・弐ノ型――『虚空絶天』」
世界が真っ白に染まった。
神速の極致。
それは「速さ」を超え、空間そのものを断ち切る一閃。
大蛇の巨体が、頭部から尾の先まで、一直線に「無」によって切り裂かれた。三百年の因果が、一瞬の沈黙の後に、真っ白い光の粒子となって京の空に散っていく。
「…………な……ッ!?」
黄金の獅子を掲げていた薩摩の呪術師が、目を見開いたまま凍りついた。
彼の手の中で、魔導具が音を立てて砕け散る。
龍脈の暴走は止まり、二条城を包囲していた黒い霧は、夜明け前の冷たい風にさらわれて消えていった。
凱夜はゆっくりと刀を収めた。
その腕には、あまりの衝撃で皮膚が裂けた血が伝っている。
「……トシ。見てたか。……三百年ってのは、こうやって終わらせるんだよ」
凱夜の視線の先には、駆けつけた土方歳三と斎藤一が立っていた。
彼らは、自分たちが守りたかった幕府の象徴(二条城)が、一人の男の一閃によって「終わらされた」光景を、言葉もなく見つめていた。
政の終わりではなく、霊的な終わり。
徳川の世は、今この瞬間に、凱夜の手によって葬られたのだ。




