黒魔の胎動、二条城包囲網
「……ッ、この冷気……ただの妖気じゃねえな」
凱夜は迫りくる異形の武士たちを視界に収め、低く唸った。
暗闇から這い出してきた見廻組の成れ果て――彼らの肌は土気色を通り越し、硬質な鱗のようなものに覆われている。道魄が薩摩の影で練り上げたのは、日本の古き呪術だけではなく、黒船と共に流れ込んだ異国の「錬金術」が混ざり合った、歪な人造の魔物だった。
「凱夜様、背後からも来ますわ! 薩摩の『黒龍隊』……術で肉体を強化された隠密部隊です」
夕霧が警告を発すると同時に、竹林を揺らして数条の黒い影が躍り出た。彼らは腰の刀のみならず、異国製の短銃に呪符を巻き付けた奇怪な武器を構えている。
「阿、吽! 前の化け物どもを抑えろ。お凛、緋糸は左右の奇襲を叩き潰せ!」
「「御意!」」
阿と吽が地を蹴り、異形化した武士たちの群れに突っ込む。
阿の放つ衝撃波が魔物の肉を砕き、吽が影の鎖でその動きを封じる。だが、魔物たちは肉を削がれても、脳を砕かれても、止まることを知らない。
「吐き気がしますわ……。こいつら、魂はとうに腐り果てているのに、肉体だけが呪いの糸で踊らされています」
緋糸が、流れるような手つきで銀糸を操る。もはや声に幼さはなく、獲物の死を見届ける絡新婦の冷徹な響きがあった。銀糸は男たちの四肢を正確に断ち切っていくが、切断面からは血の代わりにどろりとした黒い泥が溢れ出し、即座に肉を繋ぎ合わせようとする。
「緋糸、刻むだけじゃダメだよ! 猫に火を点けさせたこと、後悔させてやる!」
お凛が、二本の尾を激しく揺らして竹林を疾風の如く駆け抜けた。猫又としての爆発的な瞬発力で黒龍隊の陣中に割り込み、その鋭い爪には青白い鬼火を纏わせている。彼女が爪を振るうたび、呪符を巻かれた弾丸が空中で両断され、呪気の供給源である異形の武器が爆ぜた。
戦場が混沌に包まれる中、凱夜の視線は一点――二条城の深奥へと向けられていた。城の地下に眠る「龍脈」が、薩摩の呪術師たちによって逆流させられ、巨大な「黒い渦」となって天に昇ろうとしている。
「なるほどな……。大政奉還で主を失った龍を、道魄の野郎、無理やり別の主へ乗り換えさせようって腹か。だが、その主が薩摩の野望じゃあ、龍も泣きわめくわけだぜ」
その時、黒龍隊の奥から一人の男が歩み出た。
薩摩藩の軍服を纏いながらも、その身に纏う霊気は禍々しい漆黒。
「……土御門の末裔か。徳川の残滓と共に、ここで土に還るがいい」
男が懐から取り出したのは、黄金の獅子を象った異国の魔導具。それが光を放った瞬間、二条城の石垣が轟音を立てて震え、地下から三百年分の怨嗟を孕んだ「黒い龍」の首が、実体を持って這い出した。
「三百年……その重み、貴様ごとき一振りの剣で受け止められるかな?」
「……ハッ。重すぎて肩が凝るぜ」
凱夜は不敵に笑い、妖刀をゆっくりと正眼に構えた。
黄金の瞳に、暴走する龍の咆哮が映り込む。
幕府崩壊の裏で行われる、この国最大の霊的衝突。凱夜の全身から、これまでにないほど濃密な死の香りが立ち昇り始めた。




