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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第50話 俺たちの飯テロスローライフはこれからだ!

 世界中のトップ探索者たちが持ち込んだ規格外のレア食材を、ヒロトが次々と調理して振る舞った狂乱の宴、「第1回・深淵の美食フェス」。

 その締めくくりとして提供された、日本の心とも言える「究極のお握り定食とみそ汁」がもたらした圧倒的な余韻。

 深淵の迷宮の最深部、青白い発光苔が群生する湖畔のキャンプサイトを満たしていたのは、嵐が過ぎ去った後のような、心地よく、そして酷く重たい静寂だった。


 アメリカのトップ探索者ジョンは、数トンはある巨大な戦槌を足元に無造作に放り出し、大木の根元に大の字になって寝転がっている。彼が纏う最新鋭の強化外骨格は魔物の返り血と泥で薄汚れているが、本人は丸太のような腕でポンポンと膨れた自分の腹を叩き、幸せそうないびきをかき始めていた。

 中東の「砂漠の獅子」カリームは、平らな岩の上で装甲のベルトを緩め、胡座をかいていた。屈強な戦士の手には似合わない、ヒロトが淹れた熱いほうじ茶の入った小さな紙コップを両手で包み込むように持ち、立ち昇る香ばしい湯気をゆっくりと吸い込みながら、恍惚とした表情で静かな湖面を眺めている。

 フランス本部のエリートチームに至っては、すでにクロエの私兵たちが手際よく設営した優雅なパラソルの下で、食後のシガーをくゆらせながら完全に天を仰ぎ、動く気配すら見せない。


 ヒロトは石造りのかまどの前で、『極・生活魔法』を行使していた。

 細く絞った高圧の水流が空中に生成され、山のように積まれた数百枚の木皿や巨大な寸胴鍋の表面を滑るように走っていく。ナメコのみそ汁のわずかな残り汁や、肉みその油汚れ、こびりついた米粒を1秒の隙もなく削り落としていく。洗浄が終わった端から、温風の魔法で瞬時に水分を飛ばし、アイテムボックスのインベントリへと次々に収納していく。長年の過酷な荷物持ち生活で身体の髄まで染み付いた、野営における手慣れた撤収作業だ。


「……おじさん、凄かったです。あのお握り、お米の1粒1粒が立ってて……それに、焼きタラコの半生な塩気と香ばしさが口の中で溶けて……」


 キャンピングチェアに深く沈み込んでいたエミリアが、焦点の定まらない碧眼をヒロトに向けたまま、うわ言のように呟いた。その手からは、愛用の大剣がすっかり滑り落ちて発光苔の上に転がっている。


「それに、あの肉みそよ。噛んだ瞬間に豚肉の甘みと味噌の深いコクが溢れて、いくらでもご飯が食べられそうだったわ……。次があるなら、マイハバネロソースを少し足して辛味を強調してもいいかもしれないわね……」


 隣のチェアで長い脚を投げ出しているユジンも、満足げな溜息を吐きながら同意する。口ではいつものように強がりを言いながらも、彼女の額には心地よい発汗の跡があり、勝気な表情はすっかり丸くなっていた。


「わたくし、フランスの国籍を捨ててこのキャンプサイトに永住しようかしら。お抱えの3ツ星シェフたちには悪いですが、あのナメコと合わせ味噌のお味噌汁の奥深さを知ってしまった今、もう元の食生活には戻れませんわ」


 クロエは優雅に扇子を広げながらも、その目元は完全に緩み切っていた。

 テントの影では、誰よりも多くのお握りを平らげた久美子がすでに丸くなって寝息を立てており、籐子は空になったお椀の材質をブツブツと呟きながら魔導計測器で測っている。琴美は少し離れた岩陰から、この異様で平和な光景を、瞬きすら惜しむようにカメラに収め続けていた。


「お前ら、食った直後に寝ると牛になるぞ」


 ヒロトは洗い物を終えると、アイテムボックスから使い込まれた手動のミルとドリップポットを取り出した。深煎りの豆をミルに放り込み、ゆっくりとハンドルを回す。ガリガリという心地よい音が静かなキャンプサイトに響き、砕かれた豆から重厚な香りが立ち昇る。

 フィルターに粉をセットし、細い湯を落としていく。粉がハンバーグのようにこんもりと膨らみ、湯気と共に、香ばしく苦いコーヒーの香りが、ほうじ茶と出汁の余韻が残る空気に混ざり合った。


「ほら、ブラックでいいか?」

「いただきますっ」


 エミリアが身を乗り出して両手でマグカップを受け取った、その時だった。


『……ッ! チーフ! 応答してください! 小島チーフ!』


 小島・シャルロット・ハナのジャケットの胸ポケットで、ギルド本部の最上位暗号通信端末が、無遠慮な電子音を鳴らした。

 ハナは手元のコーヒーを1口すすると、酷く面倒くさそうな顔で舌打ちをし、端末を取り出して耳に当てた。


「私よ。何?」

『通信が繋がった! ハナチーフ、現在のアビス最深部の状況を報告してください! 先ほどの広域魔力レーダーが捉えた巨大な反応と、湖底の異変は……!』


 通信越しに響く幹部の声は、恐慌状態に近いほど張り詰めていた。バックグラウンドでは、本部のオペレーターたちの怒号やアラート音が飛び交っているのがはっきりと聞こえる。


『それに、各国のトップギルドの連中がこぞって転移魔法で最深部へ突入したと聞いています! 国際的なパワーバランスが崩壊しかねない異常事態です。直ちに彼らに帰還勧告を! そして、原因となっているヒロト・ヤマモト氏を保護し、地上へ連行してください!』


 矢継ぎ早に飛んでくる指示を聞きながら、ハナは端末を耳に当てたまま、ゆっくりと周囲を見渡した。


 湖底の異変。確かに先ほど、水底のさらに奥深くで、巨大な質量を持つ「何か」が蠢く気配があった。

 だがそれは、ヒロトの足元で今、無防備に腹を出して仰向けに寝転がっている白い毛玉――神話級魔獣フェンリル――の、たった1度の地を這うような低い咆哮によって、完全に沈黙し、深層の闇へと逃げ帰っていったのだ。

 最深部を護る絶対の存在が、ヒロトの足元で尻尾を振っている。危険など、どこにもない。

 ここにあるのは、世界で1番安全で、世界で1番飯が美味い、ただのキャンプ場だ。


「……チーフアナリストとして、現状を報告します」


 ハナは、冷徹で実務的な、しかしかすかな呆れを含んだ声で応じた。


「現在、最深部エリアの安全は完全に確保されています。湖底の巨大魔力反応もすでに沈黙し、対象の生命活動に脅威はありません。各国の探索者に対する強制帰還命令、およびヒロト氏の地上への連行についてですが」


 ハナはそこで言葉を切り、木陰で大いびきをかき始めたジョンや、コーヒーをすすって微笑んでいるカリームたちを一瞥した。


「物理的に不可能です。彼らは現在、極度の満腹状態にあり、自発的な移動を激しく拒否しています。これ以上彼らに干渉し強権を発動した場合、逆に本部側が彼ら全員の反撃を受けるリスクが高いと判断します」

『な、何を言っているんだチーフ! 規定では直ちに事態の収拾を――』

「なお、私は現在、溜まりに溜まった有給休暇の強制消化中です。これ以上の業務命令の受諾は労働規定違反となります。失礼します」


 ハナは通信を一方的に叩き切り、端末の電源を落としてジャケットの奥深くへ突っ込んだ。


「ギルドが、帰れってうるさいんだけど」


 ハナが肩をすくめて言うと、周囲のSランクたちが一斉に顔をしかめた。


「オー、ノー! 冗談じゃないぜ。俺は明日の昼飯を食うまでは絶対にここを動かないからな!」


 ジョンが身を起こして叫ぶと、フランスのチームも、カリームも、力強く頷いた。


「我が国の至宝たるスパイスが、彼の魔法のような手技でどう化けるか。それを見届けずして砂漠には帰れん」

「わたくしもですわ。あの野蛮な連中が、ヒロトの料理の邪魔をするというのなら、わたくしの霊獣たちで地上へのゲートを封鎖して差し上げますわよ」


 エミリアに至っては、いつの間にか拾い上げた大剣を抱きしめながら「誰が来ても絶対に帰りません!」と目を血走らせている。


 ヒロトは、それぞれのやり方で完全に最深部に居座る気満々のトップ探索者たちを見て、小さく吹き出した。


「今さら地上に戻れって? 冗談言うなよ」


 ヒロトは自分のマグカップを持ち、足元で寝転がっているハクの分厚く柔らかな腹に、背中を預けるようにしてどっかりと座り込んだ。

 ハクは嫌がるどころか、「クゥン」と甘えた声を鳴らし、短い尻尾をパタパタと振りながらヒロトの背中にすり寄ってくる。


「明日の朝ごはんは、焼きたてのホットサンドだからな」


 ヒロトがゆっくりと、よく通る声で告げた。


「厚切りにした自家製の燻製ベーコンと、とろけるチーズをたっぷり挟む。粒マスタードを少し効かせて、直火で表面をカリカリに焼き上げるんだ。パンに染み込んだ肉汁とチーズの脂を、玉ねぎの甘みを限界まで引き出した熱々のオニオンスープで流し込むぞ」


 その言葉が響いた瞬間。

 湖畔のキャンプサイトに、魔物の咆哮よりも遥かに力強い、地鳴りのような歓声が上がった。


 ジョンがガッツポーズをし、カリームが天を仰ぎ、エミリアとユジンが手を取り合って喜んでいる。クロエは「朝から重すぎますわ」と口では言いながらも、その顔はすでに明日の朝食の香りを想像して完全に蕩けていた。

 ハナもまた、ブルーライトカット眼鏡を外し、深い、心の底からの安堵の溜息を吐いた。


 頭上には、疑似太陽の澄んだ光と、発光苔の穏やかな輝き。

 足元には、人類の脅威たる神獣の温もり。

 そして周囲には、美味い飯のためなら世界すら敵に回しかねない、少しだけ厄介な仲間たち。

 ヒロトは、コーヒーを1口すすり、穏やかに目を細めた。

 過酷なダンジョンの底で、飯を作って、美味そうに食う奴らを眺める。ただそれだけのことが、こんなにも満ち足りている。


 香ばしいコーヒーの香りと、明日の朝食への期待が溶け合う穏やかな空気の中。

 ヒロトは神獣の温かい腹に背を預けたまま、静かにカップを傾け続けた。

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