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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第47話 世界中のトップ層が集結

 深淵の迷宮の最深部。青白い発光苔が絨毯のように広がる湖畔のキャンプサイトに、重く低い地鳴りのような振動が響いた。


 俺は石造りのかまどの前で、鉄板の油汚れを『極・生活魔法』の高圧水流で洗い流していた手を止め、広大な湖の水際を見つめた。

 風もないのに波紋が不自然な広がり方を見せている。昨日から気になっていたが、発光苔の光すら届かない漆黒の水底に、ごくわずかに黄金色の光が瞬いているように見えた。地震のような揺れではない。水底のさらに奥深くで、何か巨大な質量が動いているような感覚だ。


「おい、ハク。底に何かいるのか?」


 定位置で丸くなっていた豆柴サイズのハクが耳をピクッと動かし、短い足を伸ばして立ち上がる。ハクが湖面に向かって低い唸り声を上げようとした、まさにその瞬間だった。


 ズゴンッ!


 キャンプサイトの端に設置された『公式食材受け取り用転移陣』が、目を射るような青白い閃光を放った。

 湖の異変の気配をかき消すほどの強烈な魔力の奔流と、オゾンと冷気が入り混じったような特有の匂いが風に乗って漂ってくる。光が収束したそこに現れたのは、巨大な氷のブロックに厳重にパックされたレア食材……ではなかった。


「オー! ユーがヒロト・ヤマモトか! 素晴らしい、画面で見るよりずっとタフな体つきだ!」


 陣の中から飛び出してきたのは、仕立ての良いオーダーメイドのスーツを着こなした中東の富豪だった。その後ろには、筋骨隆々の護衛とおぼしき探索者たちが、巨大な肉のブロックを重そうに担いでいる。


「我がドバイのダンジョンで採れた『砂漠の黄金牛』の特上ロースだ! これで最高のステーキを焼いてくれ! 報酬は油田の権利でどうだ!?」


「ちょっと、順番を守りなさい! 私たちイギリス探索者協会が先に転移陣の枠を押さえたはずよ!」


 閃光が連続して瞬き、今度は豪奢なドレスの上から防刃コートを羽織った貴族風の女性が姿を現す。


「ヒロトさん、この『幻影の黒豚』をローストにしてくださいな! 爵位でもなんでも用意しますわ!」


「おいおい、俺たちアメリカのトップギルドを差し置いて何言ってやがる! 先にこの『アビス・クラーケン』の足をだな……! 吸盤の1つが大皿くらいある極上品だぞ!」


 次々と転移陣から吐き出されてくるのは、各国のSランク探索者、ギルド幹部、そして莫大な資産を持つ富豪たちだった。

 普段なら地上で同じ場所に集まることすら珍しい世界的VIPたちが、泥だらけのダンジョンの底で肩をぶつけ合い、血走った目で順番争いをしている。

 彼らの目的はただ1つ。世界最高峰のデリバリーサービスを利用するだけにとどまらず、俺の作る飯を直接その胃袋に収めることだった。


 少し離れたキャンピングチェアでは、探索者ギルド日本本部のチーフアナリストである小島ハナが、完全に焦点の合わない目で胃薬の瓶を力なく振っていた。


「……もう嫌。中国のトップギルドからの転移申請を弾いたそばから、フランスの国営パーティーが割り込んでくる……。転移陣の魔力許容量もギリギリなのに……誰か、私をこの地獄からログアウトさせて……」


 ハナの膝の上にある通信端末はオーバーヒート寸前の熱を持ち、けたたましい通知音を鳴らし続けている。

 エミリアやユジン、クロエといった面々も、自国のVIPたちの無作法な振る舞いを牽制し、キャンプの秩序を保とうとするのに手一杯で、水辺の空間は完全にカオスと化していた。


 だが、俺は湖の底で明滅を続ける黄金の光から視線を外し、深く息を吐いた。


「あー……うるさいな。灰が舞ってかまどが汚れるだろうが」


 俺はかまどの前で、使い終わったダッチオーブンに油を塗り込みながら、首を鳴らした。

 富豪が突き出した油田の権利書にも、ギルド長が提示した白紙の小切手にも視線を向けない。ただ、手元の鉄鍋の手入れだけを淡々と進める。


「いいか、よく聞け」


 俺が低く声を響かせると、それまで怒鳴り合っていた世界のトップ層がピタリと口をつぐんだ。


「今は火を落としてる。次の飯は夜だ。待てない奴は食材を置いて帰れ。……それから、そこで順番争いして騒いでる奴。次うるさくしたら、お前らの分だけ『飯抜き』だからな」


 絶対の静寂が落ちた。

 莫大な資産を動かすVIPたちが、まるで教師に怒られた生徒のように動きを止め、スッと1列に整列する。彼らにとって「ヒロトの飯が食えない」という宣告は、どんな経済制裁や外交圧力よりも恐ろしい脅威として機能していた。


 俺は静かになった空間に満足げに頷くと、エプロンを外してかまどの横に掛けた。


「よし、俺は少し休憩する。……おい、琴美」

「へっ!? ぁ、はいっ!」


 少し離れた木陰で、ジンバル付きのカメラを構えて配信枠の管理をしていた村田琴美が、不意に名前を呼ばれて肩を跳ねさせた。丸眼鏡の奥の大きな瞳が、驚きで瞬いている。


「ちょっとこっち来い。付き合え」

「えっ? あ、あの、配信の管理は……」

「トーコ先生に固定カメラのスイッチを任せてきた。お前、ここ数日ずっと立ちっぱなしでカメラ回してただろ。少しは休め」


 俺はそう言うと、琴美を促し、VIPたちが整列しているのとは反対の、森の奥へと歩き出した。

 足元では、ハクが「クゥン」と短い声を上げ、トコトコと後ろをついてくる。

 残されたハナやエミリアたちがじとっとした視線を向けてきた気がしたが、俺は気にせず森の中へと入っていった。


★★★★★★★★★★★


 キャンプサイトの狂騒から完全に切り離された、湖畔のさらに奥の入り江。

 足元には発光苔が絨毯のように広がり、水際には自発光する淡いブルーのクリスタルが群生している。そこからは、湖の中心部がよく見渡せた。水底の黄金の光は、先ほどよりも少しだけ明滅の周期が早くなっているように感じる。


 琴美は俺の後ろを歩きながら、しきりに周囲の景色を見回していた。


「ここでいいか。座れ」


 俺は『極・生活魔法』で地面の土を隆起させ、滑らかな石のテーブルと2脚の椅子を組み上げた。

 琴美が恐る恐る椅子に腰掛けると、俺はアイテムボックスから、使い込まれたダッチオーブンと、保温ポット、そして2枚の木製の皿を取り出した。


「えっと、ヒロトさん。これは……?」

「息抜きのお茶だ。お前がいなけりゃ、今頃俺はどうなってたか分からんからな。たまには裏方を休んで、客として俺の飯を食え」


 俺はそう言いながら、ダッチオーブンの重い蓋を持ち上げた。

 フワァッ、と濃厚なバターの香ばしさと、シナモンのエキゾチックな香り、そして火の通ったリンゴの甘酸っぱい匂いが、湯気と共に立ち昇る。


「アップルパイ……ですか?」

「ああ。久美子が上の階層で『アビス・アップル』ってのを見つけてきてな。酸味が強すぎて生食には向かないが、バターと砂糖でじっくり煮詰めて火を通すと化けるんだ」


 ダッチオーブンの中には、黄金色に焼き上がった極厚のアップルパイが鎮座していた。何層にも重なったパイ生地が、サクサクとした見た目を保っている。

 ナイフを入れ、ザクッ、という音を立ててパイを切り分ける。断面からは、琥珀色に染まったリンゴのフィリングが、シロップと共にこぼれ落ちた。

 木の皿にパイを乗せると、俺はさらに小さなタッパーを取り出した。


「冷めないうちに食え。……こいつを添えるのが、1番美味い食い方だ」


 パイの横に添えたのは、氷魔法で冷やしておいた特製のバニラアイスだ。熱々のパイの熱に当てられ、アイスの端がゆっくりと溶け始めている。


 琴美は「いただきます」と小さく呟き、フォークを持った。

 パイ生地とリンゴのフィリング。そこに溶けかけのバニラアイスを絡め、ゆっくりと口へ運ぶ。

 琴美の丸眼鏡の奥の瞳が、ふわりと和んだ。


 サクッとしたパイ生地の小気味良い歯触りの直後、火が通ってトロトロになったリンゴの甘酸っぱさが口の中に広がる。そこに、ひんやりとしたバニラアイスが溶け込み、バターの塩気を優しく包み込んでいく。奇をてらわない、素朴で丁寧な味わいだ。

 琴美は口元を手で覆い、小さく息を吐き出した。


「美味しい……っ。すっごく、優しい味がします……」


 動画編集の時の鋭い目つきや、配信を管理する時の張り詰めた空気感が抜け、年相応の自然な笑顔がこぼれる。彼女は味わうようにフォークを進めていった。


「そうか。そりゃ良かった」


 俺は保温ポットから温かいダージリンティーを注ぎ、自分もパイを齧った。

 静かな時間が流れる。

 遠くから微かに聞こえる波の音と、足元でハクが丸くなって眠る寝息だけが、この空間を満たしていた。


「……ここ数日、とんでもないことになってるな」


 紅茶をすすりながら、俺は湖面を見つめたまま口を開いた。


「はい……。各国のVIPたちが、ヒロトさんのご飯を食べるためだけに並ぶなんて、誰も想像してなかったと思います」

「だが、俺がやることは変わらん。腹を空かせてやってきた奴に、俺の作れる1番美味い飯を食わせるだけだ。相手がAランクだろうが、大富豪だろうがな」


 俺はぽつりと言った。


「……お前が最初の動画を作ってくれなかったら、俺は今も誰にも知られず、ただ1人で肉を焼いて、そのうちダンジョンに飲まれて死んでたかもしれない。ありがとな、琴美」


 琴美はフォークを持つ手を止め、俺の顔を静かに見つめた。

 彼女は自分の膝の上に置いたカメラに視線を落とし、レンズの縁を指先でそっとなぞる。

 それから、丸眼鏡の奥の瞳で、俺を真っ直ぐに見つめ返した。


「……私の方こそ、です」


 彼女の声には、確かな芯があった。


「ヒロトさんのご飯を、こうして1番近くで見られるんですから。このカメラマンの特等席は……絶対に、誰にも譲りませんよ」


 俺は少しだけ驚いた後、苦笑した。


「そうか。そりゃあ頼もしいな」


 俺がポンと頭を撫でてやると、琴美は少しだけ顔を赤くして俯いた。

 足元で目を覚ましたハクが「クゥン」と鼻を鳴らし、再び丸くなって目を閉じる。


 穏やかなお茶の時間。

 しかし、俺の視界の端で、湖の底の黄金の光が、ドクン、と心臓の鼓動のように強く明滅したのを、俺は見逃さなかった。

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