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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第18話 フランスの暴走クレカ、起動

 天井の疑似太陽が真上を過ぎ、最深部の湖畔に心地よい風が吹き抜ける時間帯。

 少し遅めの昼食を作るため、俺は石造りのかまどに薪をくべ、火力を調整していた。

 賑やかな居候が四人に増え、俺を含めた人間五人と巨大な神獣一匹の胃袋を満たすのはそれなりに骨が折れるが、誰かに文句を言われながら不味い携帯食をかじるだけの生活に比べれば、天国のようなものだ。


「よし、昼はサッパリと麺にするか」


 俺はアイテムボックスを開き、中から必要な食材を取り出して木製のテーブルに並べた。

 香川県産の半生讃岐うどん。銀白色に輝く上質なイリコと利尻昆布。沖縄産の生もずくに、鳴門産の肉厚な生ワカメだ。


 まずは出汁の準備からだ。

 イリコはそのまま煮出すとえぐみや苦味が出てしまうため、一つ一つ手作業で頭と腹ワタを丁寧に取り除いていく。下処理を終えたイリコと昆布を鍋の水に浸し、弱火にかける。

 沸騰する直前の、細かな気泡が鍋底から上がり始めた絶妙なタイミングで昆布を引き上げた。そのままイリコからじっくりと旨味を抽出し、表面に浮いてくるアクをこまめにすくい取る。

 澄んだ黄金色の出汁が取れたら、イリコを濾して薄口醤油、みりん、そして海塩で味を調える。味見をすると、イリコの力強い風味と昆布の丸みのある旨味が、スッと身体に染み渡るような優しいつゆに仕上がっていた。


「次は麺だな」


 隣の大きな鉄鍋にたっぷりの湯を沸かし、半生麺をパラパラとほぐし入れる。


『極・生活魔法』で鍋の底から均等に熱を加え、麺がお湯の中で絡まずにくるくると踊るような対流を作り出す。こうすることで、麺の表面が傷つかず、均一に火が通るのだ。


 茹で上がったうどんを平ざるにあけ、生活魔法で氷温近くまで冷やした水で一気に締める。表面のぬめりをしっかりと揉み洗いして落とすことで、讃岐うどん特有の強いコシが引き出される。


 今日は温かいうどんにするため、冷水で締めた麺をもう一度サッと湯通しして温め、大きめの丼に盛り付けた。

 その上に、水洗いしてぬめりを落としたたっぷりの生もずくと、一口大に切った生ワカメを乗せる。薬味として、すりおろした生姜と細かく刻んだ青ネギ、炒り胡麻を添え、最後に熱々の黄金色のつゆを静かに注ぎ入れた。


 立ち昇る湯気に乗って、イリコの上品な香りと海藻の清々しい磯の匂いが、キャンプサイトの空気にふわりと溶け込んでいく。


 ハクの分は、塩分を極力控えたイリコの二番出汁を使い、麺や海藻も喉に詰まらせないよう短く切りそろえて特大の木桶に用意した。


「できたぞ。もずくとワカメの海藻うどんだ。熱いうちに食おう」


 俺が声をかけると、キャンピングチェアで思い思いにくつろいでいたエミリアたちが、弾かれたようにテーブルへ集まってきた。豆柴サイズのハクも、短い足でトコトコと定位置にやってきて尻尾を振っている。


「いただきます!」


 エミリアが丼を両手で持ち上げ、まずはつゆを一口すする。

 直後、彼女の顔がホゥッと緩んだ。


「お出汁がすごく優しいです……っ! お魚の生臭さなんて全然なくて……ああっ、美味しい……!」


 エミリアはそのまま箸でうどんを持ち上げ、思い切りすする。冷水で完璧に締められた麺は、噛み切る際にグッと歯を押し返してくるような強烈な弾力を持っていた。


 隣では、ユジンが丼の縁に一味唐辛子を親の仇のように振りかけていた。


「激辛じゃないのは不満だけど……まあ、たまにはこういうのも悪くないわね」


 強がりながらもうどんをすすった彼女は、瞬時に箸の動きを速めた。もずくのつるりとした滑らかな喉越しと、ワカメのコリコリとしたしっかりした歯ごたえが、コシの強い麺と絡み合い、噛むほどに海の旨味が口の中で弾ける。生姜のピリッとした辛味が出汁の味を引き締め、七味の刺激がそこに奥行きを与えていた。


 籐子は麺を一本つまみ上げ、真剣な顔で観察している。


「グルテンの網目構造が完璧に形成されているわね。茹で湯の対流速度と冷却のタイミング、魔力による温度管理の賜物……」


 ブツブツと考察を口にしながらも、彼女は音を立てて麺を吸い込んでいる。


 久美子はもはや言葉すら発さず、パーカーの袖を捲り上げて、脇目も振らずズズズッと麺ともずくを吸い込み続けていた。丼の中に広がる海鮮の旨味に、完全に意識を持っていかれているようだ。


 ハクもまた、木桶の中に顔を突っ込み、器用に舌を使って麺と海藻をすくって食べている。出汁の風味がよほど気に入ったのか、鼻をフンフンと鳴らしながら、最後の一滴まで汁を舐め尽くしていた。


 俺も自分の丼に向き合い、うどんをすする。

 もずくの心地よい滑り気と、イリコ出汁の深い旨味。消化に優しく、身体の芯からホッと温まるような、完璧な昼飯だった。


 誰もが息継ぎすら惜しむように麺をすすり、一心不乱に丼を空にしていく音だけが、心地よいBGMのように重なっていた。


★★★★★★★★★★★


 食後。

 俺はキャンピングチェアに座り、膝の間にすっぽりと収まっているハクの背中に獣毛ブラシを当てていた。

 腹が膨れてすっかり眠くなったのか、豆柴サイズのハクは目を細め、喉の奥でゴロゴロと猫のような音を鳴らしながら完全に脱力している。

 今の時期は神獣にとっても換毛期なのだろうか。ブラシを入れるたびに、純白の細く柔らかな毛がごっそりとすき取られていく。


 シャッ、シャッ、という一定のリズムでブラッシングを続ける。

 絹糸よりも滑らかで、雲のように軽いその毛並みは、撫でているこちら側の心まで落ち着かせてくれるような不思議な感触があった。抜け落ちた毛が周囲に散らばらないよう、俺は風の生活魔法で小さな渦を作り、毛を一箇所に丸めて集めていく。


「それにしても、お前の毛は本当に触り心地がいいな」


 俺が独り言のように呟くと、ハクは「フゥン」と鼻を鳴らし、もっと顎の下を撫でろとばかりに顔を上に向けてきた。


 ふと視線を向けると、岩の上に立てかけてある配信端末の画面が、凄まじい速度で文字の滝を流し続けているのが見えた。


『神獣のブラッシングASMRきたあああ!』

『毛並みフワッフワじゃねえか……触りたい、画面突き破って触りたい』

『あの抜けた毛、オークションに出したら数億で売れるぞ』

『おっさんの手つきが完全にプロのトリマー』

『もずくうどんの後の癒やしタイム最高すぎる』


 どうやら、ハクのブラッシングの様子と喉を鳴らす音が、高性能なマイクを通して世界中の視聴者に届けられているらしい。同接はすでに五十万を超えているが、俺はただ無心でブラシを動かし続けた。


★★★★★★★★★★★


 日本から遠く離れた、フランス・パリの中心部。

 歴史的な建造物を改装した広大なシャトーの最上階。天蓋付きのベッドに身を沈めながら、壁面に投影された巨大なホログラムモニターを食い入るように見つめているのは、世界的コングロマリットの令嬢にしてSランクの幻獣テイマーである、クロエ・ド・ラ・ヴァリエールだ。

 彼女の背後には護衛として美しい純白の毛並みを持つ二頭の霊獣が静かに控えているが、今のクロエの視界にはそれらすら入っていなかった。


「……ああっ、なんという……なんという美しさですの……!」


 クロエは、シルクのシーツを両手で強く握りしめ、身悶えするように声を震わせた。

 モニターに映し出されているのは、日本の名もない探索者が配信している、ハクのブラッシング映像だ。


 クロエは、重度のモフモフ依存症だった。

 美しい毛並みを持つ幻獣や魔獣を見ると、自身の従魔にせずにはいられない。圧倒的な財力とテイム能力で世界中の希少な獣たちを集めてきた彼女にとって、画面の中の『フェンリル』の姿は、まさに究極の理想形だった。


 シャッ、シャッというブラッシングの音。

 ハクが気持ちよさそうに喉を鳴らす、深みのある低音。

 風の魔法で集められていく、雲のように純白で滑らかな抜け毛の質感。


「……あの圧倒的な弾力、光沢。神話級の魔力に裏打ちされた、完璧な毛並み……。それを画面越しに見るだけで、直接触れることができないなんて……わたくしに対する拷問ですわ……!」


 クロエの整ったエキゾチックな顔立ちが、欲望と焦燥で歪む。

 彼女は手元のタブレット端末を乱暴に操作し、D-Tubeの投げ銭機能を開いた。金額入力欄に、限界額である一千万円を躊躇なく打ち込み、送信ボタンを叩きつける。


 画面の端に、特大のエフェクトと共に彼女のアカウント名である『マドモアゼル・C』のスーパーチャットが表示された。


【『マドモアゼル・C』が一千万円のスーパーチャットを送信しました:『その美しい毛並み……もう限界ですわ! わたくしが直接赴いて、思う存分モフモフさせていただきます!』】


 その桁外れの金額と宣言に、コメント欄が一瞬でパニックに陥るのをクロエは冷ややかな目で見下ろした。

 彼女はベッドから優雅に立ち上がると、部屋の入り口に控えていた老齢の執事に向かって、鋭い声で命じた。


「セバスチャン。今すぐ日本の探索者ギルド本部に連絡を。うちのグループの全権限を使って、深淵の迷宮の入り口を今すぐ封鎖させなさい」

「畏まりました、お嬢様。しかし、あそこは未踏破領域……物理的な到達手段が」

「関係ありませんわ。わたくしの空間跳躍を可能とする『リヴァイアサン』を出陣させなさい。直接最深部へ向かいますわ」


 クロエは、クローゼットから数千万円は下らない特注のハイブランド・ダンジョンウェアを取り出しながら、不敵な笑みを浮かべた。


「あの子は、わたくしのものです。……ついでに、あの腕のいい専属シェフも、一緒に買い取ってあげますわ」

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