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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第15話 炎のヤンニョムチキン対決

「ついに見つけたわよ、謎のおじさん! これ以上、好き勝手にはさせないから!」


 最深部の静寂を切り裂くように、チェ・ユジンの凛とした声が響き渡った。

 漆黒のダンジョンウェアに身を包み、両手に短い刃を構えた彼女が放つ殺気は、周囲の空気をピリッと張り詰めさせるほど鋭い。俺がフライパンの上で焼いていたフレンチトーストのバターとバニラの甘い香りが、一瞬にして冷たい緊張感に塗り替えられた。


 だが、その殺気に最も早く反応したのは、俺の足元にいたハクだった。


「グルルルルル……ッ」


 先ほどまでへそ天で無防備に寝転がっていた巨大な白い犬が、地を這うような低い唸り声を上げて立ち上がる。

 ハクの全身から、それまでの愛嬌など微塵も感じさせない、圧倒的で濃密な魔力が噴き出した。それは物理的な重圧となって、周囲の草木を激しく震わせ、湖の水面を波立たせる。


「……っ!?」


 ユジンが息を呑み、わずかに後ずさった。

 相対した瞬間に、目の前の白い獣がただのモンスターではないこと、本気でやり合えば自分が一瞬で消し飛ばされる絶対的な存在であることを、肌で理解したのだろう。握りしめた短剣の刃先が微かに震えているのが見えた。


「おいハク、よせ。客が警戒してるだろ」


 俺はフライパンを火から外し、ハクの分厚い首筋をポンと軽く叩いた。

 こんな殺気を放ち続けられたら疲れるだろうし、せっかくの甘い朝飯が台無しになる。


 俺の言葉を聞いたハクは、ピタッと唸り声を止め、俺の顔を見上げた。そして「キュゥン」と情けない声を漏らしたかと思うと、ポンッと白い煙を噴き上げた。


「……え?」


 ユジンが間抜けな声を漏らす。

 煙が晴れたあとにいたのは、高層ビルほどの威容を誇る神獣でも、大型犬サイズの毛玉でもなかった。

 丸みを帯びた小さなフォルム、ピンと立った三角の耳、そしてクルンと丸まった短い尻尾。両手にすっぽりと収まりそうな、豆柴の仔犬サイズにまで縮んだハクだった。


 トコトコと短い足で歩き、かまどの横の特等席に陣取ると、大きなあくびをしてゴロンと横になった。先ほどの世界を滅ぼしかねない威圧感など綺麗に消し去り、完全にマイペースなくつろぎモードに入っている。


「な、なんなのよその生き物……! さっきまでの凄まじい魔力はどこにいったのよ!」


 ユジンは短剣を下ろすことも忘れ、混乱したように叫んだ。

 キャンピングチェアでお茶を飲んでいたエミリアと籐子も、豆柴サイズになったハクを見て目を丸くしている。


「ハクちゃん、そんなに小さくなれるんですか!? すっごく可愛いです!」

「質量の保存法則を完全に無視しているわね。魔力の圧縮率がどうなっているのか、今すぐ解剖して調べたいわ……」


 エミリアが目を輝かせ、籐子が物騒なことを呟きながら計測器を向けている。

 俺は小さくなったハクを片手でひょいと持ち上げ、近くの平らな岩の上に乗せてやった。


「お前、そんなに小さくなっちまって、ちゃんと飯食えるのか?」


 俺は苦笑しながら、ちょうど焼き上がった二枚目の極厚フレンチトーストを木の皿に移した。表面はカリッときつね色に香ばしく焼け、中は卵液をたっぷりと吸ってプリンのようにプルプルに仕上がっている。上から雪のような粉砂糖を振りかけ、琥珀色のメープルシロップを滝のようにたっぷりと回しかける。


 それを切り分けてエミリアとハクの前に置くと、エミリアは歓喜の声を上げてフォークを突き立てた。豆柴サイズのハクも、小さく千切ってやった熱々のフレンチトーストを小さな口でハフハフと一生懸命に頬張っている。口の周りにシロップをつけて尻尾を振る姿は、神獣の威厳ゼロだ。


「で? あんた、俺に何の用だ」


 甘い香りを漂わせて朝食を楽しむエミリアたちを横目に、俺は改めてユジンに向き直った。

 彼女はハッとして我に返り、慌てて短剣を鞘に収める。そして腕を組み、ツンと顎をそらして俺を睨みつけてきた。


「私の同接を奪った手口を暴きに来たのよ。こんな地味なおじさんのキャンプ配信が、私の戦闘配信に勝てるわけないもの。絶対に何かいやらしい手を使っているはずよ」

「手口も何もない。俺はただ、美味い飯を作って食ってるだけだ」

「なら、証明してみなさいよ!」


 ユジンがビシッと俺に指を突きつけた。


「本当にあなたの料理の腕だけで世界中の視聴者を集めているっていうなら……この私を、料理で満足させてみなさい! 言っておくけど、私は激辛マニアよ。半端な辛さじゃ舌は騙されないわよ!」


 売られた喧嘩というよりは、ただのワガママな注文に近い。だが、ユジンの腹の底から先ほど微かに『きゅるる……』と情けない音が鳴ったのを俺の耳は聞き逃さなかった。フレンチトーストの匂いが空腹を極限まで刺激したのだろう。

 ここまで意気込んでやってきた腹ペコの客を塩対応で追い返すのも寝覚めが悪い。それに、彼女の言う『激辛』というワードが、俺の料理魂に少しだけ火をつけた。


「激辛ね。いいだろう」


 俺はフライパンを片付け、アイテムボックスから下処理を済ませていた鶏もも肉の塊を取り出した。

 皮付きのまま大きめの一口大に切り分け、ボウルに入れる。そこに酒、すりおろし生姜、少量の塩と胡椒を揉み込んでしっかりと下味をつける。別のバットに小麦粉と片栗粉を独自のブレンドで合わせた粉を用意し、肉の表面に隙間なく衣をまとわせた。


 籐子が置いていった魔導ダッチオーブンにたっぷりの油を注ぎ、『極・生活魔法』で温度を【摂氏百六十度】に設定する。この鍋は設定した温度を寸分の狂いもなくキープしてくれるため、揚げ物にはこれ以上ないほど最適だ。


 油の中へ、粉を叩いた鶏肉を静かに落としていく。

 シュワシュワという細かな泡立ちと共に、鶏肉にじっくりと火が通っていく。中まで熱が入ったところで一度引き上げ、網付きのバットに乗せて数分休ませる。余熱で芯まで熱を浸透させ、肉汁を落ち着かせるためだ。


「二度揚げするのね。基本はできているみたいじゃない」


 ユジンが腕を組んだまま、値踏みするように調理の様子を観察している。

 俺は無言で油の温度を【摂氏百九十度】まで引き上げ、休ませておいた鶏肉を一気に高温の油へ戻した。


 パチパチパチッ!


 先ほどよりも激しく、甲高い音が響き渡る。高温の油で表面の水分を一気に飛ばし、衣を極限までカリカリに仕上げていく。きつね色に揚がったチキンを素早く引き上げ、油を切る。香ばしい揚げ物の匂いが弾け、ユジンの喉がゴクリと鳴った。


 ここからが本番だ。

 別のフライパンを用意し、激辛のヤンニョムダレを作る。

 俺はアイテムボックスを開き、以前別の階層で韓国の探索者パーティーと野営地の場所を譲った際に、お礼として貰っていた本格的な調味料セットを取り出した。


 たっぷりのコチュジャンをベースにし、韓国産の粗挽き唐辛子、すりおろしたニンニク、醤油を合わせる。そして、ただ辛いだけではない奥深いコクを出すために、黄金色の蜂蜜と少量のケチャップを加えた。隠し味として、砕いたクルミのペーストを少しだけ練り込む。


 火にかけてタレを煮詰め、フツフツととろみが出てきたところに、揚げたてのチキンを放り込んだ。

 フライパンを力強く煽り、真っ赤で艶やかなヤンニョムダレをカリカリの衣に隙間なく絡ませていく。唐辛子の刺激的な香りと蜂蜜の焦げるような甘い匂いが熱気と共に立ち昇り、周囲の空気を完全に支配した。咳き込みそうになるほどの刺激成分が、逆に食欲のスイッチを強引にこじ開けてくる。


 ヤンニョムダレがチキンの衣にしっかりと絡みつき、美しい照りが出たところで火から下ろす。

 木の皿に真っ赤なチキンを山盛りにし、上から砕いたピーナッツと白胡麻を散らした。


 俺はアイテムボックスから、キンキンに冷えた分厚いガラスのジョッキと、よく冷やした瓶ビールを取り出す。ジョッキにビールを注ぐと、きめ細かい純白の泡が黄金色の液体の表面を美しく覆った。


「激辛のチキンには、よく冷えたビールだろ。ほら、食ってみろ」


 俺がヤンニョムチキンとビールのジョッキをテーブルに置くと、ユジンは「ふん、見た目だけは合格ね」と強がりながらも、素早い動作でフォークを手に取った。

 真っ赤なタレを纏ったチキンを一つ刺し、大きく口を開けてかぶりつく。


 ザクッ。


 タレがたっぷりと絡んでいるにもかかわらず、二度揚げされた衣のクリスピーな歯触りが全く失われていない。

 ユジンが咀嚼を始めた直後、彼女の動きがピタリと止まった。


 最初に舌に触れたのは、蜂蜜とケチャップのフルーティーで濃厚な甘みと、クルミの香ばしいコクだ。だが、それはほんの数秒のフェイントに過ぎない。

 直後に、コチュジャンと粗挽き唐辛子の鮮烈で突き刺さるような辛さが、彼女の味覚を一気に制圧した。


「……っ!!」


 ユジンは思わず言葉を失い、フォークを持つ手を震わせた。

 ただ痛いだけの辛さではない。鶏もも肉から溢れ出すジューシーな肉汁の旨味が、唐辛子の辛さと複雑に絡み合い、噛むほどに新しい旨味が爆発する。衣のサクサク感とピーナッツのカリッとした食感が、辛さの中の完璧なアクセントになっていた。


 彼女は額にうっすらと汗を滲ませながらも、二個、三個と連続してチキンを頬張る。口の周りを真っ赤なタレで汚すことも気にしていないようだ。

 そして、辛さで息が荒くなった絶好のタイミングで、冷えたジョッキを両手で掴み、ビールを豪快に喉へ流し込んだ。


「ぷはぁっ……!!」


 炭酸の爽快感と麦の苦味が、口の中で暴れ回っていた辛味と熱をスッと冷まし、圧倒的な爽快感をもたらす。辛さ、旨さ、そしてビールの喉越し。この無限のループが完成した瞬間、韓国トップ探索者のプライドは完全に打ち砕かれていた。


「ああっ、もう……! 悔しいけど、美味しいわ! こんな深みのある辛さ、初めて……!」


 ユジンは涙目になりながらも、ジョッキをドンッとテーブルに置き、新たなチキンにフォークを突き立てた。


「私も食べたいです! おじさん、冷たいビールと一緒に!」

「はいはい。籐子も飲むか?」

「私は水でいいわ。アルコールは思考のノイズになるから」

「わかった。ほらよ」


 俺はエミリアにヤンニョムチキンとビールのジョッキを、籐子にはチキンと氷水を取り分けてやった。

 エミリアはチキンを一口食べて「辛ぁぁいっ! でもビールに合います!」と叫びながらジョッキを傾けている。籐子も顔をしかめながら、「舌が痺れる……でも、不思議と次の一口が欲しくなるわね……!」と指についたタレまで舐めていた。


 岩の上にいる豆柴サイズのハクには、辛いタレを絡める前のプレーンなフライドチキンをしっかりと冷ましてから渡してやる。ハクは小さな口を一生懸命に動かし、サクサクといい音を立ててチキンを平らげていた。


「おい、ユジン。まだ食えるか?」


 俺が尋ねると、ユジンは真っ赤な唇を手の甲で拭い、挑戦的な笑みを浮かべて空の皿を突き出してきた。


「当たり前でしょ! これしきで私を満足させられると思わないで。……お代わり、お願いするわ!」

「はいはい」


 俺は苦笑しながら、アイテムボックスから新しい鶏肉を取り出し、再び魔導ダッチオーブンの油の中へ静かに落とした。シュワシュワという心地よい揚げ音が、騒がしいキャンプサイトに再び響き始めた。

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