王都の夜 蠢く者たち 4
「はい。先程、依頼人が言った通り、当方の報酬は彼女の分から頂きますので」
「よっしゃ。入ってきたら若ェのに届けさせるわ。しかし……」
「はい?」
「すっきりしねぇ顔だったな、奥さん」
「……まあ、そうでしょうねぇ」
応じながら平蔵は、懐からショートシガーを取り出して咥えた。トマーゾにも勧めて二人して紫煙を吹かす。
元々喫煙者だった平蔵は結婚を機に煙草をやめており、喫煙に対する世間の風当たりもあって、日本では別居・離婚後もそのまま禁煙を続けていた。
が、こちらの世界、喫煙率は非常に高く、その香りにもアテられて平蔵もついつい出戻ってしまった。もっとも由美や真鈴はもちろん、光一や良介もこの世界の煙たさには余り良い顔をしていないので、事務所内は禁煙である。
「不倫が確定した段階で、あの奥さん、新しく依頼を持ちかけて来られましてね。曰く『死ぬより辛い目に遭わせて欲しい』だったんですわ。まあ肉体的に危害を与えるって手もありますが当然、法度には触れますし。で、あくまで法の範囲内に於ける厳罰、の体を取らなければ、と考えまして」
「なるほど、それでウチの商いに目ェ着けたってか?」
「期待以上の仕事をして頂いたと思いますよ」
「思い直すように……とは勧めんかったんか?」
「はい?」
「カタギが、オレらみたいなファミリーにこんな頼みごとすりゃ、そりゃ一生ついて回る負い目を背負う事になるんやで? これから別の男と良縁が出来たとしても、そこに影落とすんのもアリやからな。あんたもそのへん、知らんわきゃあるめぇ?」
「……ま、それ程あの二人に思い知らせてやりたかったんでしょうねぇ」
「そうなんかな? オレはなんか、あんたの感情も入ってんじゃねぇかって、気すらしたんだがね? あの二人に経緯説明しとる時のあんたは、ずいぶんと冷静――いや、冷静すぎたくらいに感じたんだが?」
「はは、考えすぎですよ」
「今から思えば……何か声も弾んでなかったか? とかよぉ」
「考えすぎですって。まあ、こちらとしちゃぁ、依頼人のご希望が最優先ですからねぇ。あれくらい淡々と説いてやった方が、彼女の思いにも沿えるモノと……」
「それでいて、あの顔か? 自分を裏切った亭主と、忌々しいNTR泥棒ネコに見事、復讐果たしたんだろうによぉ」
「そうですねぇ。特にお宅らは、復讐や仇討ちは我らカタギの者より重みが違いますでしょうけどねぇ」
「誰がカタギだと?」
「まあまあ、その辺りは、ね? で、まあ、さっきの話。復讐は何も生まず、ただ虚しいだけってのもよく聞く話ですからねぇ。彼女も今……」
「わかんねぇなぁ。首尾よく打ち取ったんなら祝杯上げるとこだぜ?」
「それは僕も賛成しますよ。でも復讐を果たしたとしても、このキズは早々霧散する訳ではありませんし。幸せだった日々はもう戻りませんからねぇ」
「でもよぉ」
「分かってますよ。虚しいだけだからって、じゃあ、自分に仇成した奴らを好き勝手させるのか? 自由気ままに笑ってるの見て平気なのか? それはそれでキズはいつまでたっても消えませんわな」
「分かってんじゃねぇかよ?」
「結局、虚しくなるから忘れたフリするか、虚しくなるのを覚悟で仇敵に一矢報いて新しく歩み出すか、どっちを選ぶかであって、どっちが正解かって訳じゃありません……て、とこでしょうなぁ」
「そんな小難しく考える事かね? もっと単純に……ん?」
トマーゾが足を止めた。
平蔵も同じく足を止め、トマーゾの目を負った。
その先には、街路樹の根元に蹲っている女性の姿が有った。
「う……うぐ、ひく……うあ……」
アニタであった。
「うああ、うあああああ……」
号泣では無かったが、堪えるように押し殺そうとしている泣声。自宅に戻るまでも耐え切れなかった、その哀しさに響く嗚咽が、離れていた平蔵たちにも伝わって来た。
正に先程の話、虚しさの洗礼であろうか? 過去の幸せだった頃への郷愁か……実に、居たたまれない。
「……道、変えねぇか? なんか……横、通るの、バツが悪ぃや」
「……そうですね……下手に声を掛けて慰めるより、このまま思い切り泣かせてあげた方が……スッキリするかも? ですね」
「経験あんのか?」
「これでも、いろんな人たちを見て来ましたし?」
「……隣のブロックに、色気は無ぇが静かに飲める店が有るんだが……一杯引っ掛けて行かんか? 奢るぜ?」
「それは……ええ、お言葉に甘えましょうかねぇ」
二人は裏路地に入り、トマーゾお勧めの店に足を向けた。
♦
――勘弁してほしい!
イオタニア東地区の青果店。
光一と由美はこちらに足を延ばした時は、初めて情報を提供してくれたこの青果店のおばちゃんに声を掛けるのがルーティンになっており、光一らの事件譚を語ると同時、おばちゃんは界隈の話題を提供してくれていた。つまり、ちょっとした情報屋的側面も持っている、と言うワケだ。
その話題の中に、アーリウム探偵団に纏わる評判なども混じっていたりするのだが……
「瞬殺のユミ……て何よそれ!」
なんか一部所員が、とんでもない二つ名で呼ばれ始めているというのだ。
「睨まれた! と思ったら次の瞬間、殺られてる! なんて風に言われてんだよ。大の男どもが、おっかなびっくりで噂しててね~」
おばちゃんが小刀でリンゴの皮を剥きながら、ニヤ付いた顔で答えた。
「まあ確かに、由美にM4で照準されたら、まず、逃げられないからな~」
「アズマぁ~。他人事みたいにぃ~!」
「由美さんの……腕前、すごいもん……ね」
「真鈴までぇ~!」
「でもさぁ。それって、おまえの狙撃技に対する畏怖っつーか、畏敬っつーかさ。そう言うのが混ざってんじゃね? 一概にディスられてるワケじゃねーだろ?」
「そうやでぇ? ワイらも、よう無事やったなぁって、ヤースもビビッてんでぇ?」
「ボンズさ~ん!」




