王都の夜 蠢く者たち 3
「ハ! なにをどう取るって? 給金は全部お前に渡してたし、俺は足し無ぇ小遣い貰ってただけじゃねぇか!」
「あたしだってそうよ! この部屋見てみなさいよ、慰謝料なんか払えるとでも思ってんの!?」
なるほど、周りを見回してもこの女の部屋は家具といい、その他の調度品といい、値打ちと言う言葉からは縁遠いのは一目でわかった。
花街で楽しむ余裕も、お洒落なファッションを喜ぶ余裕も無いから、手軽に手を出せる下半身の欲望を?
「ああ、離婚で結構だよ、上等だよ! お前みたいなネチっこい女なんかもう、こっちから願い下げだ! 煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」
「そうよ! あたしはこれからこの人と、第二の人生を歩むのよ! あんたはそれを見ながら泣きべそかくがいいわ!」
――はぁ……
依頼人アニタから話を聞き、この顛末もある程度は予想出来てはいたが、正に絵に描いたような逆ギレである。救いようがない。
「なるほど。確かにこりゃ、オレたちが指名されるわけだ」
強面の男は自嘲気味に呟いた。
「だから何もんなんだよ、あんたは!?」
「オレか? オレはな、ザーラ・ファミリーで若頭補佐やっとる、トマーゾっちゅうもんでな?」
「ザ、ザーラ・ファミリー!」
「わ、若頭って……!」
二人はトマーゾの所属を聞いて一気に血の気が引いた。
勢力は他に後れを取ってはいるものの、王都三大ファミリーに名を連ね、この西地区を縄張りとする反社組織、ザーラ・ファミリーの名を聞けば、さもありなん……である。
「このタンテイからの依頼でよ。どうせ開き直って慰謝料踏み倒すつもりだから力貸してくれねぇかってなぁ」
「そんな……そんな……」
「だって! 相手が誰だって無い袖は振りようが無いわよ!」
「それを振らせる段取りするのがウチの得意技でな? おい!」
へい! トマーゾの声掛けに呼応し、外で待機していたザーラの若衆が4人ほど乱入してきた。それぞれに二人づつ付き、両腕を絡め取る。
「な、なんだ! どうする気だ!」
「おう。お前ェらの慰謝料はコッチで建て替えて奥さんに払っておくからよぉ。お前らは仕事紹介すっから、そこで慰謝料分、働いてもらおうって訳でな?」
「仕事って……な、何をやらせようってんだよ!」
「ほれ、大陸の東端にニダーラ皇国って国、有るの知ってっだろ? あそこ今、内戦で天手古舞でよ。反乱軍の方が人手不足ってんで、外人部隊の募集がコッチにまで来てんだわ」
「よ、傭兵!?」
「まあ、契約は一年だから。ちゃんと務めりゃ、また帰って来れるさ」
「正規兵と違って戦死率50%以上だけどな~」
「そりゃ徴用兵は無給だし? ゼニ貰うんならそれなりの仕事しねぇとなぁ?」
へへへへへ~。若衆たちの口に嘲笑が漏れる。
「そ、そんな!」
「首尾よく残り半分に入れりゃええな。けけ」
「じゃ、じゃあ、あたしは……」
「ああ、おめぇさんは海外航路の貿易船に乗り込んでもらおうかな?」
「貿易船……そんな男だらけの職場に…………ハ!」
「まあ、平たく言や、船員の慰安婦だわな」
「い…………いやぁーーー!」
「あ? 他人の亭主に手ぇ出すほど飢えてんだろ? 天職だろが?」
「取って食われるわけじゃねぇよ。前金はこっちで頂くけど、ちゃんとお給金もくれるし、貴重品扱いだし大事にしてくれるぜェ? 今時は『船に女を乗せるのは不吉!』なんて時代じゃ無ぇからよぉ」
「ま、寝るところは"便所部屋"って呼ばれてるらしいけどな?」
「それを言うな、それを!」
ハハハのハ~。と、また下品な笑い声を上げる若衆たち。いやはや何とも。
「よし、連れてけ」
「いや、いやあぁ!」
「嫌だ、戦争なんて嫌だ! 頼むアニタ、勘弁してくれ! もう一度やり直そう! こんな女捨てるよ! 二度とお前以外の女は見ねぇから! 見向きもしねぇから!」
見事な掌返しで懇願する夫。しかしアニタは口を噤んだまま。
代わりに若衆たち。
「何を今更」
「往生際が悪いぜ、色男?」
いやらしいニヤ付き更に倍。
「アニタぁ!」
泣き叫ぶ夫。そんな彼を横目に平蔵は、最後の機会とばかりに、
「アニタさん?」
最終確認のため、声を掛けた。が、
「……」
アニタは返事は返さず、目もくれなかった。
「おい」
トマーゾは若衆たちに顎をしゃくった。
アニター! 自分が裏切った妻――元妻の名を叫びつつ、夫は若衆に引き摺られて、その場から連れ出されて行った。
「これで、依頼完了……で、よろしいですね、アニタさん?」
「……はい」
アニタはボソッと、ホントにボソッと返した。
「じゃ、ウチもこれで終わりだな。奥さん……あ、もう奥さんじゃねぇか。アニタさん? 入金されたら、ウチの取り分引いた残り、あんさんの分はタンテイ事務所に渡しゃいいのかい?」
「はい……タンテイさんは、そこから今回の依頼料を受け取ってくださいな……」
「承知いたしました。では、そのように」
「どうぞ……よろしく……」
アニタは小さい声で言い残し、部屋から外に出て行った。
(フォンくん、聞こえる?)
(おお、所長。聞こえとるぞ。首尾はどうやな?)
(滞りなく完了。これから戻るよ)
(誰かに繋ぐか?)
(いや、君から伝えてくれ。先に上がってくれってね)
(承知じゃ。道々気を付けての?)
「全くいい性格してやがんな、あんたはよぉ」
アニタが場を離れてしばらく、平蔵とトマーゾも二人きりになった部屋を後にして帰路に就いた。
「ウチの事務所に、ひょっこり現れた時ゃ、どのツラ下げてしゃしゃり出て来やがった? と思ったもんだぜ」
「いやですねぇ。お初にお目にかかった時にも言ったじゃないですかぁ。お宅とも、よろしくお付き合いさせて頂きたいってねぇ?」
「あんなもん、フツーはコケにされたって思うもんだろうがよ。今さらマジですよとか言われてもよ」
「でも実際マジですから。そりゃ、ウチの若い子がパイプ持ってるドミノさんとこに頼むって手もありましたけど、なにせ舞台になるのはザーラさんとこの縄張りですしね。こちらにお願いするのがスジかと」
「物は言いようってか? トロム氏が手打ちの仲介人に名乗り上げちまったからな。そうでなけりゃ今でもあんたらの首、狙ってたところだぞ」
「でも、いい厄介払いでもあったんじゃないですか? あのお荷物、下手すりゃ火傷程度では収まらないなんて事も……」
「食えねぇ奴だぜ。ま、商いは商いだ。あの二人売り飛ばしたゼニ、本当に折半でいいのかい?」




