恐怖の洞窟 3
混乱する中、思わず二人揃って脳を過った二文字。だがそれを強く否定したいという感情も脳内を駆け巡り、光一と由美は、目の焦点すら合わせにくい状態に陥る。
そりゃ、奴を表す単語を口にする、これは頗る易しい。
だが痩せても枯れても光一らは、この世界より数百年分進歩した地球の、科学万能時代を生きてきた人間だ。その二文字を認めると言う事には、激しい抵抗感がある。
まして今は、もしかして超常現象? と筋骨隆々の大きなナリして怯える肝っ玉の小さい連中を尻目に、今回の騒動は大昔に埋葬された大量の戦死者を埋めた穴の底が抜け、魔素の充満する空間でアンデッド化したという、この世界の魔法学で証明できる現象だと突き止めたばかりだ。なのに、
「マジで幽霊が迷っとるとかシャレにならんわ!」
あ~あ、言っちまった。しかし、
「我も幽霊などと曖昧模糊とした、そんなカテに入れられたくは無いがな? そうは言っても現実にはこれもんだからの。でもまあ、せめて『魂』と、それくらいには緩めて欲しいものよの」
マイペース。脳波が乱れ捲くる光一・由美を前にして、そのゆうれ……魂は実にマイペースであった。
すーはー、すーはー……光一も由美も意図的に強めの深呼吸を繰り返した。とにかく脳に血糖と酸素を送り込まなければ。
「お、おまえがマジで幽霊として、そ、その遺体には戻れないのか?」
「そんなん出来るんなら、とっくにやっとろうが? 愚問だのぅ」
ムシ! 何やら正体不明の怪異ごときに、上から目線で貶された感を感じた光一は、ムカついた半面、逆に自分のペースを整えられてきた。
「で、でも……さっきのアンデッドよりキレイな遺体ね、これ。連中は腐食化したり、白骨化したりで酷い有り様だったけど」
由美も冷静さを取り戻し始めた。考えてみれば、自分の千里眼も含めて魔法そのものが、自分らの世界に比べて霊現象の類とほぼ同列であるのだ。ある意味、この世界の者よりも受け入れやすいかも、だ。
「それに、だいぶ朽ちてはいるけど、この服って結構上物じゃない?」
「ほう? 目の付け所が、さすが女子よの。そう、我は他の二人が今、観察している辺りからここに迷い込んできたのだ」
「迷い込んだ? じゃあ入口が?」
「その時は有ったんだがな。我が入った時に塞がれたのよ。追手の目から逃れるためにな」
「なんでまた?」
「国で謀反が起こってな。父や兄らが防戦している間に、我だけでも落ち延びられるよう、ここに避難させられたのよ。必ず迎えに来ると言われてな」
「でも遺体がここに有るって事は……」
「そうだ、我が一族は殲滅されたと見て良かろう。ある程度の糧食は持ち込まれたが、穴を掘る道具は当然無いし、道具代わりになりそうな木の枝なども全く無い。で、このままここで朽ち果ててしもうてな」
「……かわいそう……」
「為政側の宿命よ。盛者必衰・栄枯盛衰はこの世の理よの」
「でも、他の遺体がアンデッド化したのに、何でお前は霊化したんだ?」
「よくは分からんな~。まあ、その遺体の頭部を見てみればわかるが、我は魔族でな」
「魔族!?」
「おう。これでも我は魔神の端くれでな、魔力は人一倍あったと自負しておる。しかも死んでから魔素が張り付いた連中と違い、我は生存中から魔素を吸い込んでいたからな。糧食が尽きてからも、滴る水だけで随分生きておったわ。こうして魂として存在しておるのもその辺りが原因かのう?」
「それで何年くらいここに?」
「全く分からん。暦どころか時間も全然分からぬ状況だったからのう」
「それで、ずっとここにいたの?」
「いや、霊体になってからは時折り、町の方とかにも足を延ばしておった。ところが誰も我を認識してくれなんでのう。散歩宜しく見回って、ここで静養。たまに外に出てまた籠る、の繰り返しだったわ。ところが今回……」
「……おれたちには通じた?」
「うむ。ダメもとで『やらんよりマシ』と言ったら聞こえとったからな。これは! と思って張り付いとったのよ」
「あそこからか!」
「なんか、アズマの話が変に飛ぶなぁって思ってたけど……あんただったの?」
「付いてったのはもう少し前じゃがな。どうも主ら、ここいらの者共とは魔力と言い、その質といい、ちょいと毛色が変わっとるな? 霊体の我と、ここまで会話が出来る人間など、そうは居らんぞ?」
「じゃあ、なんでその時に? 何で今まで?」
「主らも、この界隈連中以上に精神体だの霊体だのハナから信用しとらんかったろうが? なら遺体の傍で明かした方が受け入れられるかも? と考えての。ようやく、我の声が聞こえた者と出会えたのだ。慎重に慎重を重ねて機会を待ったのだ」
「声が聞こえたのは、本当におれたちが……」
「初めてと言っとろう。ここに一緒に来ておった巫女だか修道女だか? アレもいい線いっておったが、我の気配を感じるのが精一杯の様でな」
ヨミが話してくれた経験談が、二人の頭を過る。
「もしかして、あの寝ぼけてたっていう体験談……」
「我の仕業よ。奴は夢だと思っておるがの」
――認めざるを得ないのか? 幽霊の存在。それにしても……
こいつは、これからどうする気なのか? いわゆる地縛霊とかのように、ここから離れられない、と言うワケでも無さそうなのは町まで出張っていると言う事からも分かるし、今までと同じく町の徘徊も続けるというのであれば、またぞろ霊現象の訴えが再発するかも、だ。後々のクレーム対応に追われるとか、そう言う面倒は避けたいところ。
「なあ幽霊?」
「『幽霊』は止めてもえまいか? 何か低級っぽい響きがどうもな。せめて間を取って霊魂とか」
――あまり変わり映えしないような……
「じゃあ、名前はなんて言うの? 生前の名前、あるよね?」
「我の名はフォンだ。家名は……名乗っても仕方が無いな。おそらく断絶されていよう」
「あ、じ、じゃあフォン? お前、これからどうする気だ? このままここにいるのか?この辺りは有望な鉱脈らしいから遺体はおそらく町の人に弔われると思うけど……」
「……」
「フォン?」
「……お主らに……」
「おれたち?」
「う、うむ。お主らに…………」
「……あ、あたしたちに?」
「つ、付いて行きたい、と言ったら……迷惑か?」
二人の顎が落ちかけた。落ちなかったのは、この流れは自分達に憑りつく気じゃ……? とは容易に予想出来ていたからだ。




