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この世は男と女、そして少々の金 3

 思いにふけっていた光一は、いきなり声を掛けられて現実に戻ってきた。透き通るような、若い女性の声だった。

「あ、別にいいけど、他にも席は……げ!」

 今は午後一時を過ぎ、昼食の混雑ピークは終わっている。相席する必要は無いように見えるのだが、と考える間も無く、その声を掛けてきた女性の顔を見て、光一の心臓はバックファイアを起こした。

 ドスッ!

 相席の了承を得た女性は、そのまま光一の対面に荒っぽく座った。その上で机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくると言う、どこぞの人型決戦兵器を擁する特務機関の司令官そっくりな姿勢で光一を睨みつけていた。

「シ、シーナ! 姉……さん……」

「しばらくね。元気そうで何よりだわ」

 その、美しいという言葉すら役立たずなほどの顔立ち・スタイル。そしてこの世のモノとは思えない エ ロ さ。

 忘れられる筈もない。

 あの初陣となったエミリー救出作戦の舞台となった西地区の顔役、ドン・ザーラ率いるザーラ・ファミリー直営の高級娼館で光一の相手をしていたあの遊女さま……とさま付けしてしまいたくなるほどの美女、シーナである。

「は、はい! ご、ご無沙汰しております!」

「あの時はお世話になったわねぇ、い ろ い ろ と」

 シーナの表情はあの時とは打って変わって不機嫌丸出しだった。全角スペース明けながらの話し方にも、それが犇々(ひしひし)と伝わって来る。

 だが、それすらも「こんな美しい怒り顔が有り得るのか?」などと思うほど、光一は彼女の美貌の虜になっていた。

 あれから一月以上たっているのに、彼女の呪縛はまだ生きている事を想い知らされる光一である。

「シ、シーナ姉さんも、お、お元気そうで!」

「そう見える? 今の私の顔を見て?」

 ――う……

 シーナの不機嫌な顔の原因など考えるまでも無い。あの夜のこと以外の理由などあり得ない。

「すんません! でも、あの時はおれも、その……のっぴきならない事情があったもんで……」

「探ってたのよね? ()である、あの女の子の事を」

「う、うん……だから、その……」

「知ってたわよ。最初からね」

「え?」 

「あの夜、ファミリーから通達があったのよ。あなたたちの挙動・言動、絶対に目を離さず、気に掛かったことはすべて報告する様に、ってね」

 最初から気付かれていた? 

 いや、それは当然有り得る話だ。エミリーはキュウビィの臣民。そして出自不明の自分たちがウロウロ嗅ぎ回った後にキュウビィの将校(ジュド)が来店。有り得る、どころか疑って当然である。

 ――よく成功できたな~

「まったく~。しっかり、してやられたわよ。こんな兵役経験もない未熟な、しかも童貞坊や(チェリーちゃん)にさぁ」

 ――返す言葉も有りません! ホント、ビギナーズラックだけでした!

「私の見立て、間違ってる?」

「え? ああ、いやぁ……」

「私が初めてになる……あれホントよね?」

「は、はい! それはもう! あ、でも、兵役経験無しってのはどこで?」

 は~! シーナの思いっきりな溜め息。

「高級将校の従卒は確かに下っ端だけど、見どころが有る者しか採用されないわ。一人称を、おれは、と失言して、自分、て言い換えるなんて、そんな軍人として初歩ミスするわけなんて無いのよ」

 ――あ、あれだけで!

 シーナ本人も政府関係者と話が通るくらいの知識・見識は備えているようなことは言っていたし、彼女のような高級娼妓の事は平蔵や良介からもそれらしい話は聞いてはいたが……いやはや、改めて自分の青さを突き付けられた気分の光一くんである。

 しかし疑問。西地区の娼館を根城にして、夜ごと男どもをヒィヒィ言わせてそうな姉さんが何で他のファミリーの縄張りへ? と。

「ところで姉さん。今日は何でドミノの勢力下(こんなところ)に? ファーラが拠点でしょ?」

「クビになったのよ」

「へ?」

 ――クビ? まさか、おれがあんな事したせいで? てか、それしかないけど……えええ!?

「そ、それっておれの……」

「半分当たりで半分間違い。私は半月ほど前、ドミノ・ファミリーの娼館に買われたのよ」

「か、買われ?」

「私も詳しくは知らないけど、あの狐っ子はワケありでファーラが囲ってたくらいは分かってたわ。でもそれがあなたに攫われて……ファミリーは報酬とほぼ同じ額の違約金を依頼人(クライアント)に払う羽目になってね。その資金繰りに私がこちらに売られたってワケ!」

「そんなことが……」

「あなたが怪しいって言うのはもう分かってたけど、不慣れで経験不足な坊やだし、本命はあの将校だろうって思ってたんだけどね~。ところが、実はあっちが陽動であんたが主犯で……あんなふうに簡単に眠らされるなんて……ホント一生の不覚だわ!」

 光一としても、確かにあの場面は出来過ぎていたと思う事しきり。自然な流れであの催眠シガーを放てたのはマジでシーナの油断あってこそだったのだ。

 ――そっか。だから最後に「しくった……」て零してたんだ……

 いや、こんな不機嫌な顔をされる――光一くんも納得行きまくりなのであった。

「その責めもあったし、NO.1のフソー姐さんや次点のサーベラ姐さんは手放せないし。それで私がこっちに来ることになったのよ」

「じゃあ、シーナ姉さんがファーラのNO.3……ね、姉さんほどの美人で3番目なんかぁ~!」

 まだ上がおるんか~い! と思わざるを得ない光一。いや、上には上がいる、で済ませられるのか? などと、も。しかしシーナ。

「当たり前でしょ。将校さま差し置いて、それ以上を従卒ごときの相手に宛がう訳、無いでしょうに」

 はい、いちいち御尤もでございますぅ~――とばかりに、更に己が青さを露呈してしまう光一であった。

「あの、ホント、こんな事になるとか分からなくて……ごめんなさい……」

「謝るな!」

「い!」

「謝られたらこっちが余計に凹むわよ! ねぇあなた? あと一つだけ念を押して確認するけどね?」

「は、はい!」

「私を眠らせた後……」

「その後?」

「私に……なにか、しなかった?」

「え! いや、なにも! 何もしてません、そんな妙なイタズラなど!」

 片っぽだけでも揉みたかったけどね~。

 だが、シーナは叫んだ。

「そこでしょ!」

 と、また(おこ)になってはる。

「はい?」

「あなたが命張るくらいの覚悟で仕事したのは分かる! だけど、あなたみたいな未熟なチェリー程度、私の手管で骨抜きに出来ると思ってたのよ! それがなに? あっさりしてやられて眠らされて! その挙句、無防備な私の肢体(からだ)を前にして指一つ触れなかったって!? 私ってその程度!?」

 ――そっちですかー!?

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