この世は男と女、そして少々の金 2
「以上が、ご依頼された調査の全報告となります。つきましては……ヘレナくん?」
「はい所長」
平蔵の催促に、秘書兼所長代理のヘレナが一枚の書類を差し出してきた。それは今回の調査にかかった費用明細が書かれている請求書であった。こちらではまだ紙は比較的単価が高いので、はがき程度の大きさしか無かったが、役割は十分に果たしていそうだ。
「こちらが本案件の明細でございます。概ね、最初の見積もりに沿った内容となったと思いますが、どうぞご確認を」
「……」
女性は俯いたままだった。
「……奥さまが、ご主人を問い正したい、問い詰めたいと思われるなら、当探偵事務所名で詳細な報告書を作成いたします。それで素直に認めてくれればいいのですがね」
「……シラを……」
「は?」
「主人は……シラを切ると思います……」
「……そうですねぇ、その可能性は、否定できませんねぇ」
「逢引き中の……現場でも、押えない限り……」
「それが一番確実かもしれませんねぇ。もしも、奥さんが現場を直接押えたいとお望みならば、当社としてもご協力させて頂きますが……もちろん、別途に料金は頂きますけどね」
「……」
「まあ、不倫している手合いと言うのは、総じて自分勝手な理屈をこねくり回す傾向にありますからねぇ。それこそ動かぬ証拠を突き付けられても謝るどころか『伴侶をコソコソ調べるなんて最低だ!』とか、逆ギレも珍しくありませんし……」
「夫も……その類…………あのう……一つ、お聞きしたいのですが……」
「はあ」
「改めてご依頼したい事……お願いしてもいいですか?」
「は? あ、はい! 当社は素行調査や人探し、物探しに犬猫などペットの捜索はもちろん、庭の草むしりやドブ攫いまで、当方で出来ることは何でも承りますよ!?」
「では、正式に依頼を……」
「はい! お伺い致しましょう!」
「主人と、件のあばずれ女……」
やっぱり現場へのカチ込みや、慰謝料請求の支援・協力とかだろうか?
「はい、お二人を?」
「……消してください」
「………………………………は?」
「二人とも! この世から消してください!!」
――はいいいいいいいぃ!?
などと平蔵がおったまげると同時、
ドダタタター!
隣で聞いていた光一らが、一斉にコケ捲くった音が響いてきた。
数日後、場所は東地区。この界隈の顔役、ドン・ドミノの勢力下にある露天商街の青果店。
以前に初めて情報をくれて以来、ここの店主であるおばちゃんとは懇意になった由美や光一は、ちょくちょく顔を見せるようになっていた。
「あははははぁ~! そりゃまた、とんでもない依頼されたもんだね~? で、受けたのかい?」
そこで新たな案件での聞き込みを行っていた由美は光一との合流時間までおばちゃんと、スライスしたオレンジを摘まみながらお喋りをしていた。
「んなわけないじゃん! うちは法度に触れることはやんないわよぉ~。反社や闇ギルドじゃあるまいし~」
「そうかい? でもさ、すっごく噂になってたよ~?」
「へ? なにが?」
「西の花街での騒動さ。ザーラの荒くれ者10人以上の頭を、棒でスイカ割ったみたいに吹っ飛ばしたってさ~」
「ちょ! 勘弁してよ~。吹っ飛んだのは そのスイカだけ! 殺しどころか誰一人、ケガだってさせちゃいないって!」
「地回りさんも大騒ぎでさ~? 遂に北地区にもファミリー立ち上げか!? てね!」
「王様のお膝元で、そんなやんちゃ出来る訳ないって!」
「だよね~。まあ、あんたらは並の人とは毛色違うなとは思ってたけど、ファミリーとも違うって感じだしねぇ。で、その奥さんは?」
「うん。とりあえず現場押えて突撃して、あとはご自由に~って感じで私たちは引き上げたわよぉ~」
「修羅場だね~」
「そりゃもう! 一歩出た途端に中から壺だか皿だか割れる音がガッチャンガッチャンずーと続いてたわよぉ~?」
ハハハハ~と笑いあう二人。他人の不幸は蜜の味。どんなスィーツよりも甘い?
「神さまの前で、死が二人を別つまでって誓っといてスケベ心出しよったんだし、まあ天罰さね。奥さんが訴えりゃ旦那は教会からも破門だし、ツケはデカいのにね~」
「おばちゃんは? 旦那さんいるの~?」
「ああ、一人おるよ~」
「もし、旦那さんが浮気したら、やっぱその人みたいに怒る?」
「は! あの宿六にそんな甲斐性あるもんかい。でもまあ、そんな女が出来て、あんたの亭主、あたしにくれ! とか言われたら……」
「言われたら?」
「あんな飲んだくれ引き取ってくれる奇特な女がいるなら、熨斗付けてくれてやるよ」
「わ~、ひどい言われようねぇ」
「若い頃は見どころの有る、腕のいい指物職人だったからねぇ。まあ、大丈夫か、って思ったんだけど、ああも酒癖が悪かったとはねぇ。見込み違いだったかねぇ。」
「え~? そんなノリで結婚したの~?」
「大体そうだろ? 伯父から、息子の嫁さん捜してる知人がいるんだけど~って言われて親が乗り気になってさ。それが縁だよ」
「へ~……」
自分達との結婚感の差に、少々戸惑う由美。と、そこへお客がやって来た。
「ごめ~ん。リンゴ4個とレモンもらえるかしら~?」
「あいよ! ちょっとお待ちを!」
「あ、ごめんね長居しちゃって。じゃあまたね~!」
「ああ、いつでもおいでよ~?」
由美はおばちゃんに手を振りながら、光一と合流するために同じ東地区の食堂に向かった。
光一は朝から由美と手分けしてここ、東地区で聞き込みを行っていた。
今、事務所が引き受けている案件は人探し。家出した17歳の少年を探してほしいと言うものだった。
初陣が派手だったせいで王都内での知名度は上がったが、市外の方はまだ、なかなか。今回も冒険者ギルド「ジャック・ヴァイス」経由である。
少年の実家は王都から馬車で一日半ほど離れたロニと言う名の村の農場で、そこの長男だとの事。
農業に嫌気がさし、都会で有意義な人生を歩みたいと、王都生活を夢見て家を飛び出したらしい。
――若いのが都会に憧れるってのは、どこも一緒かなぁ……
由美との合流場所にした食堂。光一はその店先にある屋外テーブル席に座って、昼食を取りながら由美が来るのを待っていた。
――成功するのは、ほんの一握り。ギルドとかに入って何とか食える程度、それだけでも成功の範疇……挫折して帰郷するか、落ちぶれて闇落ちするか……
ジャック・ヴァイスの受付係であるシオンから聞いた話によれば、その辺りも変わらない様で。
能力不適格で軍から放逐されたものの、探偵と言う看板を上げてなんとか生活基盤が出来つつある自分は、恵まれている方か? と、最近思うようになった。この先の夢を見るには、この街での経験値がまだまだ必要だ。
「相席よろしいかしら?」
「え?」




