潜入・作戦開始 5
実際のところ本作戦、脱出時の服は現地調達としていた。
当初の計画としては監視は当然、居るであろう事は予想出来ていたので、そいつらを眠らせて服を奪う、というのが基本であった。
やっつけもいいところだが、内通者がいるわけでも無いし、それを段取りする時間も惜しかった。
――とりあえずシーツで……
光一は身体に軽くシーツを巻き付けると、眠らせたサビーナが持ち込んでいる巾着袋の中を漁った。
「あった!」
光一が取り出したのは、刃渡りが3~4cm程度の小刀だった。
この世界の世相は現代日本と違って、誰もが小刀・小ナイフを携帯しているのが普通であった。
小さい刃物はちょっとした切る・削る・刺す作業など、有ると結構便利。出先で果物の皮を剥いたり、梱包を解いたり何かと出番は多い。
サビーナの小刀は細身でもあり、パイプから煙草の灰をこそぎ落とすのにも重宝していたことだろう。
光一はシーツを二つ折りにすると、真ん中に首が通る程度の長さで切り込んで頭からかぶった。倉庫内を見回し、資材梱包用の細いロープを見つけて、適当な長さに切って腰の位置で縛る。これで一応、エミリーが目を覆うことからは解放されそうだ。ついでにサビーナの履物がサンダルだったのでこれも拝借。
光一が履くにはちょっと小さかったが、ひもで固定するタイプだったので何とかなりそうだ。
「さあ、行こうか?」
エミリーの足に付けられた枷は小さい南京錠ぽい鍵でロックされていたが、このキーもサビーナが持っていたので解錠、彼女を自由にした。しかし、
「あ……で、でも……」
エミリーは未だ躊躇していた。
城中の反対派の目もくれず自分を可愛がってくれたヘレナの元へ帰れるのならば嬉しい事この上なし。とは言え、初対面の見知らぬ顔の、しかもいきなりスッポンポンを御披露してきた男をいきなり信頼する訳にも行かない。もしもヘレナと自分の仲を疎ましく思う側の者だったら……と。
「あの……姉さまのご依頼である事の……証明を、して頂けませんか?」
「や、気持ちはわかるけど……そう言われてもなぁ。手紙とか持ち込めなかったし…まあ、お忍びとは言え、王女殿下直々にウチの事務所に来られるし、おれも半信半疑だったからなぁ。口頭だけで信じろって無理かもな……」
「姉さまが直接?」
「追手とか、近衛隊の人も出張って来て、それでおれたちも信じられたようなもんだし」
「近衛隊? どなたです?」
「ジュドさんとルカさん、てんだけど?」
「あのお二方が? うーん……」
「知ってた?」
「時折り、姉さまのお付きでお見えになられましたので……それなら姉さまの、これは! と言う特徴を教えて頂けませんか? 謁見のような遠巻きでは無く、間近でお会いになられたのなら?」
「え? 近くだから分かる特徴とか、かな? ええと」
「……」
「そうだ! 左の胸と脇の間に二つ並んだホクロがあったよ?」
光一はヘレナが転がり込んできた拍子でロイヤルおっぱいプレスを喰らった時に何故か印象に残った二つのホクロ、それを思い出した。
「あ、そうです! 姉さまの胸の脇側に二つ並んで……え? でも、それをご存じと言う事は?」
「なに?」
「あなたと姉さまは、そんな所まで見せ合う仲!?」
「はぁ!」
「し、失礼いたしました! そんなお方があたしを救いに来て下さるなんて!」
「ちょ、ちょい待ち! ちょぉ~い待ち!」
「お義兄さまとお呼びしても?」
「だから、待っ……て……」
♦
光一とジュドを案内した遣り手――フローラは事務所での帳簿作業も終わり、
――そろそろ寝支度を……
と腰を上げようとした。
だがそれと同時に飛び込んできた、客からのクレーム報告に邪魔された。
「クレーム? どちらのお部屋?」
「『天空』です、マダム・フローラ」
「キュウビィの将校さんね? 何が御不満だったのかしら?」
「本命はまだか! と……」
「本命?」
フローラは首を傾げた。
「本命も何も……フソーとサーベラは我が店のNO1・2よ? それ以上と言われても」
「いえ、それが……」
歳若い女中も同様に困惑顔であった。
「将校さまは”歳下の少年”をご所望の様でして……」
「え? そっち? もう! そんなこと一言も! じゃあデューイたちに連絡を、あ……」
「ええ、今日はルーイ他三人とも出張で……」
「う~ん。仕方ないわね、私が何とかとりなして……」
「マダム・フローラ!」
バァーン! フローラの言葉を遮って、扉が派手な音を響かせながら全開される。顰めたマダムの眉が更に険しく。
「今度は何ごとですか! 騒々しい!」
「すいやせん、マダム!」
入って来たのは厨房の料理長だった。
「 ”荷”が攫われました!」
「!」
――それが目的!? 将校が陽動で従卒が実行犯!?
「マネージャーに伝えて! 廓の全門を緊急閉鎖! 町内に警報を! 不審な若い男女は全て拘束しなさい!」
♦
ヘレナの想い人と勘違いされてしまい、誤解を解こうと思う光一だったが、この際それは後回しに――と言うか、寧ろその設定を継続する事を選んだ。その方がエミリーの協力が得やすい? という判断からだ。
事実、彼女は光一の提案をすんなり受け入れて言う事を聞いてくれた。小刀を突き付けて人質宜しく拉致のスタイルを取る事も二つ返事で了承、即脱出と相なった。
おかげで最初の障壁である厨房の料理人たちは、思いもしなかった展開に即応する術を持たなかった。
彼らは上役たちに、荷であるエミリー保護を厳とするよう言われているので全く手も足も出せず、光一の成すが儘に見逃すしか無かったのだ。
厨房から出た光一は階段を上り切った場所にある、物資搬入用の裏口を目指し、そこから外へ出た。
料理人たちを楽にあしらったはいいが、連中も無能ではない。光一が裏口から出ると同時に伝令が走った。やがて、
パパパー パパパー パッパラパッパッパー!
ザーラの非常呼集だろうか? ラッパの音が廓内に響き渡った。
――くそ、手が早い!
ザーラ組員の動きは素早かった。おそらくは廓のあちらこちらに詰所や待機所があり、直営では無い店舗にも常駐員はいたらしい。ラッパ音が鳴り響くと、往来にわらわらと飛び出して来て、あっと言う間に展開を完了して見せたのだ。
探偵団としては店舗の裏口から外壁に一番近い北西に向かい、待機しているルカにエミリーを渡して、光一は引き続いて廓内を逃走してザーラを撹乱。途中で再び姿を消して追手をやり過ごしながら脱出、という算段だった。
だが目標であった北西の外壁周辺は途端に先を越されてしまい、迂回を余儀なくされた。
日本のようにスマホや携帯はもちろん、有線電話も無線機すらも無いこの世界では仲間と連絡を取り合って場所を変更、などという手法は選べるべくもない。こうなると全ては一気に暗転してしまう。
あちらこちらから湧いてくる組員に、瞬く間に逃げ道を狭められた光一らが追い詰められるまでの時間は、大して掛からなかった。
「無駄だ小僧! 大人しくその娘を渡せ!」




