潜入・作戦開始 4
「もっと食いたかったかい? 嬢ちゃん?」
「いえ、もう十分に……とてもおいしかったです」
「そりゃよかった。窮屈させてるからねぇ、スィーツくらい出して当然さね。まあしかし、なんだ。あんたみたいな年端も行かない子をこんなとこに閉じ込めるなんて、ファミリーも何考えてんのかねぇ? 売るならまずは本部のタコ部屋だろうに」
「……」
「かと思えば、絶対に危害を加えるな、辱めも虐待も暴言も許さんとか言われてるし、あたいらにもよく分かんねぇんだよなぁ。ホント、何者なんだろうね、あんた」
見ればエミリーは牢屋だとか密室に閉じ込められているわけでは無く、倉庫の一角にテーブルとイス、あと簡易なベッドが与えられており、脚には鉄球付きの枷こそかけられてはいるが、足首に巻かれている部分は厚いが革製であり、肌を傷つけないためか裏側はベルベットのような生地で保護されていた。そして彼女の監視役であろう娼妓らしき女性が近くに腰かけている。
「そ、それは……申し訳ありませんけど……」
「ん、分かってるよ。ずっと見張りやってっから、愚痴ってみただけさ。興味本位で勘繰りを入れるなって、そうも言われてるし」
――ふうん。結構、大事にされてたんだ
「すみませんサビーナさん、あたしなんかのために……」
――名前はサビーナ、か。あのキャッチの女みたく、ちょいケバめの化粧だけどやっぱ遊女さんなのかな?
「あ? なに謝ってんのさ? あんたが下手こいたとか、好き勝手やってたらこうなったってワケじゃねぇんだろ? それによ……」
――?
「あんたをここに連れてきた上役連中も、妙な顔色してたからねぇ」
「あたしのような子供を売り買いするのには、やはり抵抗が?」
ブハッ! サビーナは吸っていた煙草を思いっきり噴き出した。噴飯と言うか噴煙というか。いや、火山じゃねーし。
「あの連中はそんな殊勝な性分、持ち合わせちゃいねぇさ。銭勘定が絡めばあんたより歳下だって、男でも女でも構わず平気で売り買いすっからね~」
――外道だな~。しかしそうなると……
これで人身売買狙いのクチは完全に否定された。となると、やはりキュウビィのゴタゴタに起因していると……そんなら……
「ホントはあんたが他所へ行った方が、ドンとか幹部会もホッとすんじゃないかな?」
「そりゃよかった」
え? サビーナの耳に聞き慣れない、と言うかここに居る筈の無い男らしき声が。
サビーナは思わずエミリーに目を向けるが、彼女もその声に反応してか、キョトンとしていた。
で、もしも誰かが来たのならと、出入り口に目を向けたと同時、
「な!」
軽く驚愕した声を漏らすサビーナ。
そりゃ目を移したその先に、ショートシガーが誰の手にも持たれずに、フワフワと宙に浮いていたのだからそんなビックリボイスも已むを得まい。不可解な現象に戸惑い、声も掠れてしまっていた。
シュ!
「う!」
シガーから放たれる微粉末の催眠魔法薬。サビーナはシーナと同じく、あっと言う間に昏睡に陥ってしまった。身体の力が抜けて手足がぐったりと垂れてしまい、持っていたキセル管らしきシルエットのパイプも、カラーンと床に転げ落ちていった。
「サ、サビーナさん!」
「エミリーちゃん、だね?」
「!」
再び聞こえる声にビクッと震えるエミリー。相変わらず声の正体が分からない。
目を一段と見開き、右に左に見回すが声の主は見つからない。
「だ、誰!? ど、どこに居るの!?」
――やっぱり、こんな近くでも見えてない。そこだけは大したスキルだなぁ
「落ち着いてエミリーちゃん。君はあのヘレナ王女殿下と同じ、国王の血を引く妹さんだろ?」
「ね、姉さまのことを! なぜ!?」
「目じゃなくて耳を凝らしてごらんよ」
「耳……」
言われてエミリーの狐耳がピンと奮い立った。集中して声の位置を探索し始める。
「どう?」
「……そこ、ですか?」
エミリーは、視線を椅子から転げる寸前まで項垂れたサビーナの横1mほどの所に合わせた。声は確かにそこから響いて来る。
「当たりだね。さすが狐族」
「誰、なんですか? 姉さまのお名前を出されたと言う事は……」
「そう。ヘレナさんの依頼を受けて、君の救出に来たんだ」
「あたしを? 姉さまから? それは本当ですか?」
「ホントホント! でなけりゃこんな潜入なんて真似までして、ここまで来やしないよ」
とは言っても、いきなり声を掛けられたり、目前で人一人あっと言う間に無力化させたりする相手。
おまけにその姿はまるっきり目に映らないと来ていては、エミリーの脳内は情報整理が追い付かないとばかりに疑心暗鬼。
「せめて、お姿を……出来ましたら姉の手の方と言う証明も、お見せ頂ければ……」
廃嫡されているとは言え、話し方や所作などに、そこはかとなく王族の香りを纏うエミリー。狐っ子と言う事も有るが、初対面でも「この子で間違いないな」と思わせる気品を感じて、ちょっと構えてしまう光一。そのせいか、
「ん、わかった」
と即座に術を解いてしまった。
「きゃ!」
懲りてねぇ。焦っていた事、時間が無い事を差し引いても由美たちの前でやっちまった失敗を、こんな幼気な少女の前で再びやっちまった。思わず両手で顔を覆うエミリー。
「わ! ご、ごめん! おれの能力って服まで消せなくて! だから! けっしてワザとじゃなくて!」
「な、何でもいいから、その……何か着て下さい!」
「いや、だからその! 服とか部屋に置いてきたままで!」
「シーツ! ベッドのシーツでもいいですから!」
「わ、わかった! ゴメン、借りるね!」
ベッドまで近寄り、シーツに手を伸ばしながらもう一度、頭を下げて詫びる光一。で、頭を上げると何故かエミリーと目が合った。
エミリーは小指と薬指の間を開けており、んでもって何故かそこから彼女の視線が……
――え?
「ひ!」
と再び顔を逸らすエミリー。
――やっぱ二度見しちゃうのかな……
などと、よくあるお約束的シチュに首を傾げながら、光一はシーツで前を隠した。
「ホントごめん。変なもの見せちゃって」
「だ、男性の……あの……み、見るのは……は、初めてですから! ……その……変なのか粗末なのか、あたしは存じ上げません!」
――いや、粗末とか言わなくても! もう、どいつもこいつも!
由美に言われた時の状況がフラッシュバックする。トラウマにならなければよいが……と、それはともかく。




