潜入・作戦開始 3
UとLの連絡は三階の通路と厨房直結の地下通路。双方の建屋に供される食事はこの厨房が一括しているので、その連絡通路を使ってU館にも運ばれている。
由美がボヤけていると言っていたのはこの厨房奥の周辺。
光一は一路、厨房を目指して進んだ。U館は高級路線だけあって廊下のカーペットも上級品でフカフカしており、足音を隠す助けになってくれる。
だがその感触ゆえ、よくよく注視すれば足を付けたところが凹む様子が分かる事だろう。
しかし、時刻はどの部屋も晩酌・食事が終わって合戦に勤しんでいる頃合いなので人影は少ない。それに気づく者はおらず、目標付近の通路入口までは問題なく前進出来た。
階段を下りて地下一階へ。降りるとすぐ扉があり、それを開ければ中は厨房。
光一は蝶番側に回ってドアノブに手を伸ばした。だが、
ガチャ!
光一の手が触れる前にドアノブが動いた。慌てて手を引っ込めてドアから一歩、離れる。
「行ってきまーす」
中から給仕であろう少女がトレイに酒瓶とグラス、いくつかの肴を乗せて厨房から出てきた。
彼女には光一の姿は当然見えず、何事も無く階段を上がっていった。
――ふ~……
一瞬、焦った。食事時間もほぼ終わり、厨房も一息入れていると踏んでいたから気が緩んでいたか?
無理もない。
「探偵」と名乗る「何でも屋」を開業するからにはこう言った手法も当然あり得るくらいは承知しているつもりだった。だが初陣からここまで本格的に動くと言うのは予想外。
今朝早くから武官――軍人であるジュドやルカに潜入・斥候の訓練は教授してもらったが所詮は付け焼刃。
――だからと言って……
すでに賽は投げられてしまった。自分のスキルと、この世界の人間より多少は上回る身体能力に賭けるのみ。
コト……
再びドアノブに手を掛ける。慎重に、ゆっくりと。
中を窺える程度に開いてきた。
厨房内、扉周辺の様子を確認してみる。
出入り口周辺には誰もいなかった。ちょっと離れた場所から、食器か器具をブラシで洗浄するゴシゴシといった、擦る音が聞こえる。
光一は内部に侵入した。
作業の騒音が響くので足音に気付かれる心配は無いだろう。しかし慎重に、焦らず急いで目的の場所に向かう。
――あの辺りか……
由美が見た情報から描かれた厨房内の見取り図を思い出し、ボヤけて見えないと言うエリアに視線をうつした。作業場から少し遠い一番奥の角。しかし、
――壁にしか……見えないな……
千里眼を持たない光一の目には、そこは単なる壁であり、ボヤけているとかの不自然さは感じられない。良介が言っていた、模型塗装で言う汚れ・風化塗装でも施したかのように他の部分との違和感も全く無かった。
とは言うものの、他の場所は棚や色々な物資やらが置いてあるのに、件の場所周りは広々としている。そこは不自然と言えば不自然だ。
――見張りは無し……まあ当然か
仮に、この壁の奥に部屋が有ってエミリーが拉致されていたとしても、調理も何もしない専用の見張りなど置いていては、不自然に拍車が掛かる事この上ない。怪しんでくださいと言ってるようなモノ。
それに厨房員が四人もいる。不審者の出入りに関しては、それで十分だろう。
もっとも中まで見張り無しとも思えないが。
――作業に没頭しててくれりゃ……その隙に
「よーし、一息入れるかぁ」
――ちっ……
光一の期待は早々に崩れた。一段落ついた厨房員が休憩に入り出したようだ。
「あと30分もすれば今度は夜食の注文が出始める。今の内に一服しておけ」
そう言うと他の厨房員も光一が伺う場所、その反対側の角に集まり出した。各々、パイプやショートシガーを取り出して紫煙を吹かし始める。
ここいらの喫煙習慣はよくわからないが光一の感覚から行くと、食いもん作るそばでタバコ吸うなよ、とは言いたくなる。
だが分散では無く、まとまっての一服はこちらとしてもありがたいと言えるか?
確かに、連中から僅かでも距離が取れたのは幸いだが厨房員四名のうち、半分の目はこちらの方向を向いている。故に連中の目を盗んで、隠れている扉を捜して開けるのは、かなり困難と思われる。
「今夜は客は少ないし、夜食注文も減るんじゃね?」
「多分な。まあ、お客次第だ。偶に、真夜中だってのにフライドチキンの大盛りをバカほど食う客もいるからなぁ」
「元気なもんだ」
「元気余ってるから、こんな店来るんだろ?」
「違ぇねぇ。つっても、こっちも小腹が空く頃合いだな。おいジム。昼のパンフォルテの残りは?」
「え? あれですかぁ?」
「あ? なんだお前、食っちまったのか?」
「いえ、倉庫の棚に。あの子たちにもおすそ分けしたんすけど」
――あの子?
「取って来まっす」
ジムと呼ばれた若手の厨房員がこちらに近付いてきた。光一はゆっくり後ずさってジムの通る路を空けた。
ジムは件の壁の前に来ると、左手で壁を擦りながら何かを確認している仕草をし始めた。
「お! ここ、ここ」
今度は右手を添えて、目には見えない何かを掴んで下に押さえ込んだ。
ガチャ。扉が開いた。
かなりボンヤリしているが倉庫内の様相が、なんとか視認できた。
――なるほど!
目に見えないだけで扉そのものは存在している――当たり前と言えば当たり前だ。彼らにも視認できないように阻害魔法は活きてはいるが、扉自体が無くなっているはずなどない。
――部屋全体と言うより、外壁に沿ってシールドされているのか……
扉には、鍵は掛けていないようだ。ジムは入口近くの棚から余り物のフルーツやナッツ類等を練り込んで作った菓子、パンフォルテを乗せた皿を取り出した。
「持ってくよ、いいだろ?」
――ん? 誰と話してる?
ジムの問いに「いいよ~」と軽いノリの返事が返ってきた。若い女っぽい声だ。
――エミリー? いや、見張りか?
現段階では声の主を断定する訳にはいかないが、誰かが常駐している可能性が高くなった。同時にここが本ボシである可能性も。
ジムは皿を持って厨房に戻ってきた。同僚が休憩している壁際の台に置き、もう一人がナイフを手に切り分け始める。
――ここか!?
4人のうち3人の目がパンフォルテに集まり、もう一人はエールの用意をしている。
光一は、先程ジムが右手で回していた辺りを探ってドアノブを見つけると、そのままノブをゆっくり下げ、そっと扉を開けて倉庫内に入った。
入ってすぐ、扉を閉める。そのまま忍び足で奥へ。そして光一の目に映ったモノは……
――い、居た――!
そう、ターゲットの狐っ子少女だった。
――ビンゴォ!




