潜入・作戦開始 1
「恋の詩ですか?」
「大体そう思われてますが、諸説あります。恋人、夫婦、親子、兄弟姉妹……いずれにせよ、愛し合う者同士の絆を歌ってますよね。大好きな歌なんです」
竪琴を仕舞ったシーナは、対面では無く、光一の隣に座ってきた。
――う……
身を寄せてくるシーナ。さり気ない香水と、ケバ過ぎない控えめな化粧の香りが光一の鼻腔をくすぐって来る。
「でも……」
「はい?」
「これって、戦時中に生まれた歌……なんですよね……」
「そう……なんですか……あ、離れ離れの二人って……」
「ええ、男が戦地に、女が故郷で。それぞれが未来の幸せを目指して互いの絆を確かめ合う。戦地でも内地でも流行ったそうですわ」
「そうかぁ……そう言えばトリアーノ王国と魔族軍も……」
「かなり緊張が高まっているようですね。でもキュウビィ王国が同盟国として手を携えて下さってますから魔族軍も手を拱いていると言えますね」
「お詳しいですね」
「お客様が……政府の方が多いので自然と……」
などと謙遜気味に話してはいるシーナだが、そう言った上流国民の相手をするにはこの手の話もそれなりに精通していなければならない。器量が良いだけで務まる仕事でも無さそうだなぁと、隣に座られて思わずドキムネしていたが、ちょっと冷静さを取り戻せた光一。
「この歌が流行るのがまた、戦時ではない事を祈りたいものです」
「そう……そうですよね」
だが、主導権は握らせてはもらえない。
「でも、キュウビィの方がお味方ですから大変、心強いですわァ」
と桃色吐息で囁きながら光一の膝にさりげなく手を乗せてくるシーナ。
――うああぁ……
このような、現実を突破して幻の桃源郷へ引きずり込まんとする遊女の手管。光一も平蔵からキャバクラ等の体験談をベースに一応はレクチャーを受けていた。こういった手口でその気にさせて、金蔓を確保するのだと。
”所詮は夢の時間を金で買うようなものだからねぇ~”などと聞き及んでいなければすっかりハメられてしまったかもしれない、そう思わざるを得ない光一くんでした。とは言え……
「わたくしも、無事を願い合うお相手が欲しいものですわ」
と、またも吐息を交えて囁くシーナ姉さん。五感全てがメロメロにされそうだ。
仕事でなければとっくにぶっ飛んでいた、かも?
その麗しき微笑を浮かべたシーナの顔を男の本能が、いつまでも愛でていたい、目を離したくないとイキり立つ中、光一は懸命に目線を窓から臨む夜景に移した。
「や、夜景、綺麗ですね。思った以上です!」
わざとらしい! 言ってて光一自身も分かるほどの低ランクな逸らし方だった。とは言え、この稼業の経験がせめて半年程度でもあればともかく、本格的な潜入調査は今回が実質的初陣である。
しかも、
「ええ。当店自慢の夜景スポットですわ」
視線を合わせようと身を寄せてきたシーナの唇は、光一の耳の高さまで昇って来て、
「この席に座れるのは、ほんの一握りの方なんですのよ?」
鼓膜に優しく響くその声の波動は、耳を通じて全身トリハダが全開になるほどの破壊力を伴っていた。VR・AVでの耳舐めシチュ、それの数十倍の勢いでもって体中にゾクゾクが走りまくってしまう。
――うああああぁぁぁぁ……
いくら平蔵や良介から多少の情報などを入れられていたとしても所詮は口伝て。今、現実に迫ってくるシーナ姉さんの理性破壊工作の効果は「雲泥の差」なんて言葉も生温い。
例えこれが、現実とは一歩引くべきビジネス上のやり取りであったとしても、身上潰してまで嬢に傾倒する連中の気持ちが痛いほど理解できる光一くんである。
と、ここで、
チカッ!
「!」
理性保持の援軍到着。
――光った!
シーナから逸らしていた光一の眼に届く光一閃。
電球色っぽい魔石灯の光とは異質な純白の光。この世界にはまだ無い、LEDライトの光。
チカチカチカッ! チカッチカッ!
――1……3……2……配置完了の合図!
届いた作戦開始の符丁。光一の拳に思わず力が入る。
「どうかなされました?」
「え?」
シーナはそんな光一の挙動を見逃さなかった。小首を傾げ、甘えるような表情・仕草も加えて尋ねてきた。
――くううぅぅっ! 計算され尽くしてやがる!
ヤバかった。マジ、ヤバかった。小首を傾げられるだけで、こうも愛らしさ、可愛らしさが増強されるのか!?
合図による理性へのバフが無ければ陥落寸前であった。しかし、何とか持ち堪えることが出来た。
「あ、いえ。その、キュウビィからずっと馬車に揺られっぱなしだったもので……ちょっと筋肉がその、強張ったままでして」
「そうですか。キュウビィからは長旅ですものねぇ。でしたら少々時間は早いですが……」
――ゴクッ
「奥で、お休みになられます……か?」
奥――客と娼妓の最終決戦場。つまり閨である。
遂に光一にも少年を卒業する瞬間が。二つの世界を跨いだ光一にとっても最高峰の美女を相手に……
だがしかし、
で、あれば良かったのにね~
と言う結末は既に決定している。それはもう、残酷なほど確実に。ショボ~ン……
「では、こちらに……」
シーナは光一の手を取ると奥へ向かうよう促した。
小さく、しなやかでいて、それでも暖かく自分の手を絡め取られた光一は、シーナにリードされるがままに立ち上がり、奥の閨に連れ込まれた。
――う……
ドアが開かれ、中に導かれる光一。
目に入ってくる、魔石灯にしてはピンク色が強い室内の照明。エロさが光を纏って包み込んでくるようだ。
改めて理性ブレーキの強化に迫られる光一。
――こちらの世界も、やはりピンクは性欲増進色なのだろうか?
そんな思いがよぎった光一はベッドに腰をかけるように誘導された。
「しばしお待ちを……」
シーナはベッドの隅まで距離を取って背中を向けると、しずしずと服を脱ぎ始めた。再び心拍数メーターが上昇する光一。
間も無く、ワンピースを脱ぎ終えたシーナの姿が光一の目を直撃する。しかし彼女は全裸では無かった。
――げ、激ヤバ!
シーナは襦袢によく似た薄いアンダーウェアを残していた。そしてこれがシースルーのようなモノで、照明の角度によって身体の陰影がはっきり強調されるも最後の障壁としての役割を果たしている。
だがそれがまた、えらくタチが悪い。
――ひぃ……
振り向くシーナ。その彼女を目前にして、光一の視線はまたも本能に抗う事を困難にさせていた。
初見の通り、この衣装は印影がはっきりしており、照明と溶け合って肩、腕、腰、脚のラインがハッキリと認識できる。
が、見事にたわわなお胸、かててもトップのお輪はその存在自体こそ確かに分かるものの、シースルー素材はまるでモザイクのような効果を醸し出し、鮮明な画像を結ばせなかった。




