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潜入・花街のねーちゃん 4

 正面から見ていたシーナの髪は魔石灯の暖かな光も反射する、胸の下まで届くしっとり艶やかな黒髪のストレートヘアで前髪パッツン。当然後ろもそれくらいの長さは有るワンレンかと思っていたが、

――こんな髪型……見た事が無い……

彼女の髪が長いのは(びん)――サイド前半までであり、後半からみつえり、ぼんのくぼまでは順次短くカットされており、背中全面はもちろん、一部の男性が異常に好むという、美しき項《うなじ》が露わになっており、光一の眼を直撃した。逆マレットヘアとでも言えばいいのか? 女子とは髪型で盛り上がったことなどない光一はその辺の知識は極めて足りていない。

「あの……」

 シーナが振り返った。微動だにしない(出来ない)光一に首を傾げて。

「どうか、なさいましたか?」

 ――あ……

 光一は、やっと呪縛から解かれた。

「もしかして……」

 ――え?

「わたくしでは……ご不満?」

「や! え!」

「でしたら代わりの者を……」

「いえいえいえいえいえいえ!! そんな、とんでもないっす!」

 一気に噴き出す光一のパトス。声も浮付いており、自分でもビックリするほど声帯が暴走していた。

 そんな光一の声に、シーナは一瞬眼を見開くも、

「ああ、よかった。わたくしではお目に敵わなかったかと……」

とホッとした柔らかい表情を見せた。

 ――ぐわ!

 その表情も大した破壊力だった。下がる眼尻も、少し伏せがちになる瞼も暖かさと妖しさが混ざり合っており、語りの終わりの唾を飲み込むような唇の動きは男の魂どころか光一自身すら、そのまま飲み込まれてしまいそうな、そんな気さえ起こさせる妖艶さ。

 チェンジは無いとの言葉に胸を撫で下ろす仕草にしても、添えた手で胸を少し、ほぉ~んの少し持上げて、まるで乳房(このコ)も寂しがってますわとでも言いたげな……

 ――エ、エロ過ぎる……

 シーナは光一が今まで出会ってきた、見てきたどんな女性よりも度を越えての美女であった。そしてそれは、単に「美しい」だけではない。その髪型、服装とその着こなし、所作、仕草……それらが全て美しく、そして エ ロ い のである。

 更に、健康優良童貞少年たる光一にとってはその美とエロのオーラにすっかり飲み込まれ、理性を飛ばして襲い掛かる――そんな気すら起こさせないほど圧倒されてしまっていた。これほどの(ヒト)、おれなんかが、お相手していいのか? とさえ。

「お食事は……もう、お済みなのでしたね?」

 夜景を臨める窓際のテーブルに光一を導いたシーナが確認を取ってきた。

「え? あ、はい!」

「では、一献傾けましょうか?」

「ああ、いや、その……」

 ヘレナやシオンに聞いたが、こちらでは概ね15歳前後で成人扱いになるそうで、飲酒・喫煙もその辺りから始めると言う。

 光一は18歳の誕生日を迎え、選挙権を持つ成人ではあるが飲酒は当然20歳からなので、ほぼほぼ無経験。

 郷に入らば郷に従えでは無いが、この世界で光一が飲酒しても別段、責めるものはいない。とは言え……

「おれ……いや、じ、自分は、武官殿に何かあればすぐに駆け付けなければなりませんので、い、飲酒は出来るだけ避けるようにしておりまして」

 と、平蔵らと考えて設定したキャラを装った。

「まあ、お仕事熱心ですこと! まだお若いのに頼もしい限りですわね。では、お茶などお入れ致しましょう」

「お、お願いします」

 信じて貰えたようだ。とりあえず飲酒は避けられた。

 実際、こちらに来て食事中、平蔵や良介が嗜んでいた酒を一口試してしまった事は有る。

 少量ではあったが、かなり脈拍等が早まってしまい、酒との相性には黄信号を感じる結果であった。意外と、酒精に弱い体質かもしれない。

 増して、このような任務に就いている間は酒席であっても出来得る限り避けるべき、と判断していた。

「どうぞ……」

 シーナの立てたお茶が、カップ&ソーサーで目の前に差し出される。左手で皿を取り、カップを傾けて一口すすってみる。

 ――ほわぁ……

 茶は砂糖もミルクも入れないストレートティー。どちらかと言えば紅茶に近く、それでも強くない柔らかな渋味と苦味に仄かな甘み。レディ・グレイに近いながらレモングラスのようなハーブティにみられる香りも。

 光一は酒同様、高級な茶に関しては経験が無かった。正直これが高級茶葉なのか高級な味なのかは判断に困るところである。

 しかし何故か緊張がほぐれて、肩の力が抜けて落ち着ける、そんな味わいであった。

「歌は、お好きですか?」

「は?」

「時間があれば、後輩(いもうと)たちを呼んで舞を楽しんで頂きたかったのですが……一曲、いかがです?」

「は、はい」

 本来ならもう少し早い時刻に訪れて、目当ての娼妓との閨の前に美酒と美食を嗜みつつ、若い舞妓たちの(ダンス)や楽器演奏、唄を楽しむものだが、今回は目的も目的。行動開始の時間は早すぎず遅すぎず、適切なタイミングを見計らう必要があった。

 とは言え、お茶や浮付いたトークで繋ぐのも限界点。

「お、お願いします」

 光一は応じた。

 シーナはにっこり微笑むと、椅子の後ろに立てられていた竪琴を抱え、優しく奏でだした。




 ポロン、ポロン。ポロ、ポロ、ポロン……


 私を照らすこの月は

 きっとあなたも照らしてる


 私が刈ったこの麦は

 きっとあなたに届いてく


 たとえ遠く離れても

 たとえ今は会えずとも


 私はあなたの傍にいる

 私の想いは届いてる


 あなたと再び(まみ)える日

 あなたに抱かれるその日まで……


 ポロン……




 …………パチ、パチ、パチ……


 歌が終り、光一は小さく拍手した。

「お耳汚しでなければよかったのですが……」

「いえ、なんか……すごく感動しました!」

 そう、光一のその言葉に嘘偽りはなかった。喝采では無かったのは義理でも無ければ儀礼でも無かった。そう、彼女の美声に、詩に、光一は仕事を忘れる寸前にまで、呆けてしまったのである。

「ありがとうございます。楽しんで頂けて幸いです」

 歌とシーナの声。その姿に、任務中であるにもかかわらず、脱力してしまうような感動を光一は覚えたのだ。

「きれいな歌ですね。なんかグッと来ました」

「私の故郷の詩なんですよ」

「シーナさんが歌っていると、この世のモノとは思えないほど美しかったです」

「まあ、お若いのにお上手な方ですわね? でも嬉しゅうございますわ」

 光一の感想は素直・率直な自分の思いのままであった。その歌と彼女の美貌とのコラボが、それと同じくらい湧き出ていたエロさを押さえ込み、光一が冷静さを得る事になったのも紛れもない真実であった。

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