潜入・花街のねーちゃん 2
「……連中のバックはジャック・ヴァイスとか言っとらなんだか? もしやキュウビィの闇草……いや、しかしその男、本当にキュウビィ人なんか? 王都でも狼族は珍しくないだろが」
「着ている服が、略装ですがキュウビィ軍の制服にも似ていたとの事で」
「略装? 略服で来とんのか?」
「雰囲気からすると雑兵や下士官とも思えないと、門衛の者共が……」
「勘付かれやしたか?」
「いや、略服で来とんなら、公用で来訪した士官への接待ってセンも有るが……せやけど、連中が嗅ぎ回っているのはあの小娘目当てなんはまず間違ぇ無ぇし、新顔がマジでキュウビィの将校なら奪還を目論どる可能性……それも無視出けんな」
「失礼しやす、ドン、若頭!」
もう一人、入って来た。急いで来たらしく息が荒れている。
「例の奴ら、うちの店に来たそうですぜ」
「ファーラにか?」
クレンツの問いに伝令はコクコクと素早く頷いた。
「どっちに入った? |UPPER・FLOORか、LOWER・FLOORか?」
「高級館でさ」
「UPPER? ……なら接待の目も有るか? 荷物はロワーの方だしな……」
「どうしやす? いっその事、引っ張って来やしょうか?」
「う~む。いや……」
若頭の具申にテッシィは、
「とりあえず泳がせとけ。もしも単なる上級士官の接待ならキュウビィの、どの派閥に居るかで対応も変わって来るでな。ホントにキュウビィの高級将校で、もしもあの方の勢力ならヘタには動けん。だが、目は離すなや? 出来る限り素性を探り出させるよう、遣り手に言うとけ」
と指示。
伝令は「へい!」と力強く返事を返した。そしてすぐさま、ドンの新たな意向を持って再度、廓町に向かって行った。
「……最初から、面倒は承知の案件ってのは分かってやしたが……」
伝令を見送った後、クレンツはボヤくように、ため息混じりで零した。
「今更、そいつは言いっこ無しだぞクレンツ? それを含めての全額前金、相場の倍額だったんだからな」
「すいやせん、つい……」
「あの方から持ち込まれた時点でワシらに選択の余地なんぞ無ぇんだよ。まあともかく、荷物の最終的な処遇はワシらは全く与り知らん事やからな。今の状況では時期尚早やが、明日の午前中にでも今後の予定について確認しに行った方が良いかの。今夜の報告も兼ねてな」
「そうですね」
「将校もそうやが、もう一人の若造も気になる。先だっての若造で間違ぇ無ぇんやな、そいつ?」
「聞いていた背格好、目鼻立ちからすれば、おそらく……」
「例の悪ガキ二人組をあっさり撒いちまったんだったな」
「うろついとんのが見かけねぇ若ェ男女って聞いて。取り敢えず尾行しとこうってんでアローザんとこに回したんですが……」
「ガキつってもリリィの手駒やし、年の割に目端の効かせ方はまずまずだったんやがな。
あの身軽さ、すばしっこさはガキならではだ……ん?」
ギィ……
また部屋の扉が開いた。
続報か? そう思ったテッシィとクランツは共に扉へ視線を移した。が、
「……じいじぃ……」
扉から顔を出したのは、まだ年端も行かない半べそを掻いた幼児だった。
「マイコー! 何じゃ、こんな時間に。どうしたんじゃ?」
「おしっこぉ……」
「お? おお、そうかそうか。いや、マンマはどうしたんじゃ?」
「パパとお話だって~」
「お話?」
テッシィは眼尻を歪めた。時刻も時刻、息子夫婦は、おそらく上下の口での会話をしておるのだろう事は容易に想像出来た。まあ仲睦まじいのはまことに結構な事ではあるが。
「もれちゃう~」
「おお、よしよし。じいじと、おトイレ行こうな。もう少し我慢やぞ? おい、クレンツ」
「はい」
「お前ぇ、明日ドレンさんとこ、行って来てくれや。厄介ごとは早めに片付けてぇしな」
「ドレン商会へ……はっ、明日早いうちに!」
「じいじぃ~」
「ああ、分かった分かった。さ、行こ行こ!」
全く、同人物とは思えないな……孫と接するテッシィの破顔ぶりに、クランツは苦笑せざるを得なかった。
♦
「いらっしゃいませ……」
光一は溜め息すら忘れてしまった。
いま自分の目の前に立つ遊女。これから光一のお相手をしてくれるであろう、この女性を一目見て彼の身体は動きを止めてしまったのだ。
目的の娼館・ファーラは4階建てで2棟が隣接する、一見高級ホテルのような佇まいであった。
他の娼館は外壁や外から覗ける内装は探偵事務所とそれほど変わらない印象であったし、ファーラの片一方はそれよりは上装では有るものの、光一とジュドが案内された|UPPER・FLOORはそれより群を抜いていた。
階層・部屋数を確保するためか、きれいな内装の割に宮殿内で見られたような、やたら天井の高い造りでは無かったが、白と紅いピンクを基調にした内部はそこが「紳士と淑女の社交場」である事を物語っていた。
この店は、店先からして雰囲気が違った。下品なポン引きなぞ一人もおらず、礼装を思わせる制服を纏った男が入り口前で立っているだけであった。
「ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」
平蔵を先頭に、近づいてきた光一らの歩を半ば遮るように話しかけてくるドアボーイ。それに対して、
「いや、飛び入りなんですけどね」
と返答する平蔵。
「……どなたかのご紹介などは……?」
言われて平蔵は懐に収めた書類をチラ見せした。
「……」
その書類のヘッダ部分には国防軍特務部の紋章が記されており、それを目にしたドアボーイは、
「少々お待ちを……」
と囁くと扉の右端にある、小さな連絡窓越しに内部と何やら会話を交わしていた。
ゴコン……
「お待たせいたしました」
扉が開き、フロアマネージャーだろうか? 笑顔を蓄えてはいるが中々に目力の強い、更に品を感じる艶の有る装いの男が現れた。
「国防軍からのご紹介とか?」
「ええ。あちらの方……」
話しながら振り返り、ジュドに視線を向ける平蔵。それにつられて目で追うマネージャー。
「あの方、キュウビィの近衛隊将校でしてね。軍事交流のために来訪してるんですが……で、まあ特務部の方からこちらで接待を、と申し付けられましてねぇ」
「ほう、同盟国の。しかも近衛将校様でございますか」
「はい。ですからもう、お任せできるのはこちら以外思いつきませんでしたもんで。軍から口利いて貰った方が、とも思いましたが……こういう接待はお国に知れるとまあ、アレですしね」
「そうですか……紹介状はトクアン・トロム様名ですな……」
「是非とも宜しくお願いしたく……」
そう言いつつ平蔵はマネージャーに財布袋を預けた。




