かわいい尾行 4
そこには他の廃棄物と違ってまだまだ使用に耐える、いや降ろしてからそれほど日が経っていないチュニックが捨てられていた。
引き摺り出して詳しく調べるロゼ。チュニックだけではなく、ズボンも脱ぎ捨てられていた。
「それ、さっきの男が着てたヤツじゃ!?」
マイロが指摘した。
「うん、違いないね。あいつのだ……って、じゃあ今のあいつ、裸じゃんよ!」
ロゼは自分達が何らかの魔術・魔法、能力の類で煙に巻かれてしまい、失尾(尾行対象を見失う)となったのを認めざるを得なかった。
だがそんな汚点よりも対象が今、全裸で大通りの方へ向かっている事実の方に気が持って行かれてしまった。
――いくら気配や姿を隠せたとしたって、全裸で表通り走るかぁ?
状況を想像して頭が重くなったロゼは更に足取りも重く引き摺りながら、マイロのいる小路の入り口に戻った。
「気配を消すヤツってのは以前にもいたけど……」
「全裸で姿消してバックレるとか……さすがに聞いた事無いよね?」
「気配云々よか、ある意味トカゲのしっぽ切りね、まるで」
真昼間に服を脱ぎ捨ててスッパで逃げる奴がいる――トカゲのしっぽを眺めながら、任務の失敗よりそちらの方に呆れたロゼは肩を竦めた。
「ロゼねえちゃん、マスターにはなんて言おう?」
予想外な能力者が相手とは言え、失尾は失尾。ロゼは、フーッと深く息をつくと、
「仕方ないよ、正直にホントのこと話して詫び入れなきゃ。言い訳とか言い逃れとか、マスター・リリィはメチャ嫌がるからね」
眉間を歪ませながらもマイロに心情を吐露。
「そだね。変にごまかしたり嘘ついたりすると二倍も三倍も怒られるし。あ~あ、今回は丸損かぁ」
「失敗したんだから当然だよ。でもそうだね……この服、マスターに見せた後で古着屋にでも売っちゃおか。まだ降ろしてそんな経ってないみたいにキレイだから、そこそこの値にはなるさ」
転んでもタダでは起きなさそうなこの少年と少女は、対象の追跡を諦めて帰路に着いた。
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夏の日差しも和らいできたここ、キュウビィ王国。
光一らが召喚されたトリアーノ王国の東に隣接する、獣人が人口の多くを占める王国である。
過去、トリアーノ王国との軍事的な衝突の歴史もあるのだが近年、人的・商業的交流が盛んになると同時に、南のモナード教国とのいがみ合いが頻発し、それを牽制するべく現在はトリアーノ王国とは軍事同盟を結ぶに至っている。
陽が傾き始めた午後、山を背にした王都の北西端に聳える王宮のバルコニーで、吹いて来る優しい涼風を受けながら正室・ミザリー王妃と、茶を楽しんでいる白銀の狐族、国王ヤコーⅡ世。
だが、その表情は頬をくすぐる風のように爽やか、とは言えなかった。
「あの子……やはりトリアーノに向かったのでしょうね、陛下?」
齢四十も半ばに差し掛かった王妃ミザリーは最近、宮中を騒がせている第三王女ヘレナ・エウロパの行状を話題に出した。
「うむ……」
ティーカップから口を離し、歪ませた唇のままヤコーは相槌を打った。
「妹思いなのは結構な事ですが、今回は些か立場から逸脱しすぎたかと?」
「其方の言わんとすることは分かる。どうもあの娘の性分は、母親の血筋が些か濃いようだのう」
「狼族のエウロパ家から側室として輿入れなされたエイダさんも活発な性格ですが……彼女の血筋のせいにしてしまっては、おへそを曲げますわよ? 面の姿は陛下の狐族の血統そのものですし?」
「しかしまあ、狼族の血の気の荒さは語り草だ」
「それが勇猛果敢さとなって我が王国国防の要となって頂いてますわ。それに、大元はエミリーを廃嫡した事がそもそもの……」
「余が軽率であった……これは否定できんな」
「王が軽々に非を認めてはなりませんよ?」
「分かっておる。其方の前だから甘えたのだ」
「あら、光栄ですわね? しかしながら私が子宝に恵まれなかった以上、三人の側室の御方に陛下の血筋を紡ぐ次世代の子たちを産んでいただくのは当然の事でしょうし、ならばエミリーも」
「その三人はエイダの他、みな名門の子女であった。しかるにエミリーの母、ロミは……」
「陛下の御傍に仕えたのも何かの縁なのでしょう。出自が市井の一臣民とは言え、陛下の御子を産んだのですから廃嫡は無碍な沙汰であったと」
「……其方はそういう方面にはとんと拘りが無いな。ジャンヌやメロウはロミを受け入れる事には終ぞ良い顔はせんかった」
「それぞれの思いはあるでしょう。それに彼女たちも御家の名……領民たちの思いを受けて来て頂いておりますし、彼女たちにも譲れぬモノはございましょう。私としてはロミさんもエミリーも城内に留めておきたかったのですが……」
「余が側たちに気を使いすぎてしまったかの。結果この有り様だ」
「……ヘレナの暴走はともかく、エミリーの件は捨て置けません。母子の住屋は、盗賊の出没や子女の誘拐など犯罪率の低い場所を選定した筈。単なる野盗や人買いの類とも思われません」
「むしろ野盗どもの仕業であれば話は簡単だったのだがな」
「エミリーが陛下の落とし胤であることは公然の秘密。そのような輩が手を出すはずもなく」
「トリアーノとの同盟が結ばれてからはモナード国他、周辺国家との諍いも激減し、国内も安定した発展を続ける事が出来ておるが……それが当たり前になると欲との闘いが頭をもたげて来おるのは皮肉なものよ」
「そんな歴史が繰り返され続けて幾星霜。戦争しかり、政争しかり。我が国もそろそろ、炙り出しの時期でございますわ」
「うむ……」
ヤコーは頷きながら添えられた茶菓子、直径3cmほどのビスケットをつまんだ。
いつもより塩気が強く感じられたのは彼の気のせいであったろうか?
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単なる人攫いの線が薄くなり、キュウビィ宮城内の利権争い絡みが深く疑われつつあることなど、まだまだピンと来ていない光一たち。
彼らは彼らなりに奔走してくれるものの、エミリーの発見が遅々として進まないこの状況。渋面ヘレナのジト目が日に日に深くなるのも宜なるかな。
追手らしき存在の発覚により自由を制限されてしまっている現状では、エミリー捜索をやっと受けてくれた探偵団に期待するしかないヘレナの心境は、もどかしさばかりが募る一方だ。
さらに捜索から戻って来た平蔵や由美らの報告、手がかり無しや不首尾の結果に落胆する事しきり。
おまけにあれほど言われていたにもかかわらず、ロゼとマイロから逃げ仰せて戻ってきた光一は、事務所に辿り着いた瞬間に魔力切れを起こし、透過魔法が途切れてヘレナや由美、真鈴の前で、己が全裸をご披露してしまうと言うヴォケをかましてしまったのだ。
事務所の扉が独りでに勢いよくバーンと開く。そんな怪現象に、中の人間の耳目が一斉に集中してからのヴォケである。以って女性陣のジト目を強化させると言うオチが付く事となるのも、当然と言や当然。
「だって仕方ねぇじゃん! おれのスキルは服までは消せねぇんだし!」
本日の反省会を兼ねた夜のミーティングでその赤っ恥を蒸し返され、光一の顔もまた真っ赤になりつつあった。




